彼女は、「あげまん」?

長い事この仕事を続けていると色んな事があります。ピアノの調律台数も延べ3万台を大きく超える訳ですからそれだけ多くのドラマがあり長年お世話になっているお客様との関わりも当然深い物になります。思い起こせば穴があったら入りたくなる様な恥ずかしい思い出から思い起こすだけで今だに嬉しくなる様な事。どちらも今では全て良き思い出。ここで皆さまに公表する事の出来るものは、少しづつ良き思い出として書き記したいと思います。そこで今尚良きお付き合いをさせて頂いているお客様との出来事。随分前の事ですがそろそろ書いても大丈夫かな?と思い我社でピアノを購入したお客様の奥様の話を書きたいと思います。

DSC_0951

何年も前ですが11月の末にヴァイオリニストから携帯に電話が入り「私の生徒がピアノを探しているんです。梅根さんの事を紹介したのでよろしくお願いしますね。お名前が〇〇さん。近日中に直接お電話する様に伝えますからよろしくお願いしますね~~!」てな感じで良いお話が舞い込んできた。するとすぐさま携帯が鳴る。「もしもし〇〇と申します。ヴァイオリンの〇〇先生に紹介されてお電話しました。」と落ち着いた男性の声です。僕は、「たった今、先生からお電話を頂いた所でした。」すると「私もたった今、梅根さんを紹介された所です。上の娘がヴァイオリンを習っているんですけどピアノもやりたいと言うものですから中古のピアノを探したいと相談しましたら鎌倉ピアノ芸術社さんを紹介されてお電話差し上げた所です。」僕は、「メーカーや色や予算などお決めになられている事やこだわりがございますか?」すると「ピアノの事は、全く解りませんメーカーもヤマハとカワイ位しか解りません。ましてや相場や値段の差が何なのかさえ?それで〇〇先生に相談をしたら中古ピアノを選ぶのは、とても難しいので信頼できる方をご紹介するわと紹介された次第です。」僕は「では、一度お会いしてピアノのお説明をさせて頂きますそれからじっくり機種や予算など決めて頂ければよろしいと思います。」とお伝えすると「よろしくお願いします」そして3日後位だったと思いますが〇〇様方にお伺いするお約束をしました。ピアノの搬入経路や設置場所などにより運送代金も大きく変わりますし何より設置場所の確認は、ことさら重要で床の素材や背中の壁の素材、近所への音の対策は、いまの時代では、最重要課題となります。また、床暖やエアコンの場所によっては、ピアノに大きなダメージを与える可能性がありますのでピアノを長く良い状態でお使い頂く為には、購入前にお客様宅の状況を把握する事は、何より重要な仕事となります。すると15分も経たないで携帯が鳴る。「もしもし梅根さんですか?〇〇と申しますが」と今度は、女性の声。「はい、梅根です。奥様でしょうか?」とお聞きすると「はい、今主人に聞いたんですけど、今からお願いすると今年中に届きますか?出来れば子供のクリスマスプレゼントにしたいと思っているんですけど・・・」僕は、「今からでは、機種が決まって頑張っても年末ギリギリですかね~~ダメですか?」と聞き返すと「年内なら良いですよ。でも25日は、無理ですか?いやいやそれは、無理ですね」と言うのもこの年は、ピアノが沢山売れていて年内納品のお客様が沢山待たれている状態。ピアノを完璧な状態に仕上げるのには、相当な時間を要します。そして12月は、我々調律師にとって一番忙しくコンサートやディナーショウ、発表会や会議に忘年会と夜までスケジュールが真っ黒な状態。12月25日納品は、どう考えても無理でした。お客様は、「解りました予算は、50万位でヤマハで色は、黒が良いです。有りますか?」在庫は、たんまりと有りましたので「ありますよ」とお伝えすると「お約束の日にちに私達がピアノを見に行きます。そこで決めたらクリスマスに間に合いますか?」僕は、「いやいや無理ですよ。そこで決めて頂いてもそこから塗装修理に調整に時間が掛かりますので、やはり年末ギリギリになりますね」とお伝えすると「すぐに届けられるピアノは、無いんですか?」僕は、「申し訳ございません全部売れていて〇〇さまにすぐお届け出来る商品は、今は無いんです。奥様、ピアノは高価な買い物ですのでここで焦って購入しないでじっくりと良い物を吟味して良い状態で購入された方がよろしいと思いますよ。」と告げると「解りました。とりあえずお約束の日にお待ちしております。」とお客様宅にお伺いする事に。振り出しに戻りました。すると5分も経たない内に携帯が鳴る。「もしもし、〇〇ですけど明日、ピアノを見に言っても良いですか?主人の仕事を早めに切り上げて貰うので夜5時過ぎにお伺いしたいんですけど?」はぁ???「明日ですか???仕事のスケジュールが詰まっている・・・どうにか時間を調整しても「申し訳ございませんが、5時は、ちょっと・・・6時30分位ならどうにか出来ます。」と伝えると「はい、6時30分にお伺いします。」と場所とご希望の予算とメーカーを確認して明日、倉庫にいらして頂く事に。まぁこんな事は、良くあることです。

DSC_0947

その日の夜に倉庫で大方200台あるピアノの中からヤマハの支柱の色が黒、尚且つあまり使用されていなくて音の良い物を3台引っ張りだす。そして一応音の良い茶色のヤマハX支柱を1台、そしてカワイの大型の音の良い物を2台と6台用意して明日を待つ事に。翌日、5時30分位から倉庫であまり汚い状態では、申し訳ないと思いざっと外装を拭いたり中を再度確認したりざっと調律したりしていても待てど暮らせど〇〇様をやってこない。7時位に携帯が鳴り「すみません~~ちょっと遅くなってます。もう少しで着くと思います~~」と申し訳なさそな様子。「どうぞゆっくり安全運転でいらしてください」とお伝えしてお客様がいらしたのは、8時少し前だった。「ご主人が遅くなって申し訳ございません。出掛ける時になってバタバタしてしまいまして。また、今日は、急にお伺いする事になってしまいましてすみません。どうしても妻が年内にと言う物ですから・・・」と苦笑いしながら名刺を差し出された。名刺交換をすると食品卸関係の2代目社長さんでした。お父様が亡くなり若くして会社を継がれたそうで腰の低い温厚な感じの良いご主人様。すると子供達を引き連れて「こんばんは~~遅れて申し訳ございません。私がグズグズして遅れちゃったんです・・・今日は、お忙しい所申し訳ございません」と年配の???ご主人様が「母です」僕は、「はじめまして、梅根です。ご主人様のお母さまですか?」と聞き返すと「はい、一緒に来てと嫁が言う物ですから・・・」すると「梅根さ~ん、〇〇です。遅くなっちゃってごめんなさい。予定大丈夫ですか?」ととびっきりの美人が声をかけて来た。「奥さまですね・・・梅根です、お電話では失礼いたしました」と言うとにっこり笑ってペコリとお辞儀をされた。僕は、早速ピアノを御覧になって下さいと案内をする。ピアノを前に機種の違い、構造の違い、値段の違いを丁寧に説明をしてご主人様や、お母さまから質問などにお答えして弾いて聞かせてると。当初の予算より10万円以上高いピアノの前から奥様が離れない。子供たちも「これが良い!」なんて大はしゃぎ。運送代から色々と含めて値段を提示するとご主人とお母さまが顔を見合わせて首を縦に振っている。僕が「これがよろしいですか?」と聞くとご主人が「ちょっと予算オーバーだけどもう少し値段は、下がりませんか?」と言われるので「ヴァイオリニストの先生の紹介ですから切り良く〇〇万円と消費税でいかがですか?付属品は、全て新品で夏は、バテンレースカバー(これは、恐らく何処のピアノ屋さんでも無料では、お付けしていない)に冬は、厚手のカバーにメトロノームから必要なものは、全てお付け致します。」と言うとお二人がそろって「それでお願いします。」と無事商談が決まった。すると今まで何一つ言葉を発しなかった奥様が「25日に届けて頂くのは、無理ですか?」とやさしく言うので「本当に申し訳ございませんその後になります。」とお伝えすると「解ったわそう言ってましたものね~~。消費税の3%は、おまけできません?」と言い出した。僕は、ご主人様の顔を思わず見て「いやいや、消費税は僕の懐に入るものでは無いのでそれは、お願いします・・・」と伝えると奥様は「ちょうど切りの良い数字で良いじゃないですか?お願い!」と可愛らしく言うけれどそこは、我社としても利益率や経費を考えると思い切った値段を提示したので大変厳しい。僕は、ご主人様に「同じくご商売をされていると解りますよね~~消費税は、頂かないとね~~」と言うとご主人が「良いじゃないかここまで安くして頂いたんだから」と奥様に言う。終始にこやかに明るい雰囲気で会話も進んでそんなこんなのやり取りが何回か繰り返されて奥様が「良いわ!地震の時のお皿(耐震用インシュレーター)があるでしょ?中2階に搬入するからそれをおまけして頂けたらお願いします」とにっこり微笑む。僕は。定価18.000円のインシュレーターをサービスする事で「解りましたお付けしますのでこの金額でお願いします」と告げると奥様は、「よろしくお願いしま~す」とにっこりと笑った。色んなお客様がいて値段の交渉に少々不快な思いをする事は、多々ありますが、今回のやり取りは、文章に起こすとちょっとなぁ~~と思える所もありますが実際は、非常に清々しく気持ちの良い交渉でこの様な気持ちになるのは記憶に数少ない。決して奥様が綺麗だからとかそういった事では無い事は、ここで付け加えさせて頂きたい。当初お約束していた日取りにお客様宅に立ち寄らせて頂いた時は、お母さまが対応して頂き設置場所や搬入経路の確認を済ませどうにか年内の納品日を決めて調律にお伺いする日程も決めて順調な感じであった。その夜、携帯が鳴る。「〇〇ですけど~~この間は、ありがとうございました。今日は、留守をして申し訳ございませんでした。母に聞いたんですけど調律の日は、私が居ないんです。その日は、昔からの友人数家族が集まって1年に1回毎年開いてる一泊でパーティの日なんです。ですから日程を変更して頂けます?」僕は「はい大丈夫ですよ。何時ならよろしいですか?」と聞き返すと電話口の向こうでパラパラと手帳をめくる音が聞こえて「あら~無いわ!年末って忙しいでしょう・・・空いている日が無いわ!そうだ納品の日に調律して!」納品は、まだ運送屋さんの時間の決まって無いし僕のスケジュールは、午前中しか時間が開けられない・・・こまったなぁ~と考えていると奥様が「25日にピアノ届けて貰って調律は、この納品日だった日の午前中なら大丈夫だわね!」と気軽に仰る。「奥様、25日は、ピアノは間に合いませんよ~」と言うと「お願いクリスマスプレゼントにしたいのよ~~どうにかして!お願い!」何だかその押し問答のやり取りは良く覚えていませんが結局、僕が夜中に作業をすれば間に合うなと思い直し「25日納品に間に合わせますから・・・」と全てが彼女の思惑通りになった。さぁ~それからが大変、25日に間に合わせるには、まずは、塗装と内部の清掃。それが終えると部品の交換やら調律などスタッフ総出で他のお客様のピアノと並行して作業を進める。問題は、最終の調整で結局日中の仕事をこなした夜10時くらいから3日間徹夜続きでピアノを仕上げた。若い時は、徹夜仕事なんてへっちゃらでしたがある年齢を超えるとこれはきつい。25日無事納品してその後、調律にお伺いした折は、一家全員そろって迎えて頂いた。子供達の喜び様やお母さまのにこやかな顔、良い家庭だなと心底感じた。この良い家庭を築き支えているのがどう考えてもこの奥様なのです。思えばこの奥様は、最終的にはご自分の願いを全て叶えられました。大した方です。その時僕は思ったのです。「彼女は、あげまんなんだろうな!」いやそうに違いない!彼女は、彼女の希望を全て思いのままに叶えました。その希望を徹夜して叶えた僕に何一つ嫌な感情が残って居ないと言うのも凄い事。人柄なんでしょうね。調律の後、色んな話をしているとご主人と共通の友人が数名居る事が解り、今では年に数回横浜で集まる、そんな関係に発展している。思えば、僕も健康でどうにかこうにか仕事を続けていけている事を思うと、内助の功なんでしょうね。粗略に扱われる事が多くなった今では、素直に認めたくないが僕の女房も僕にとっては「あげまん」なんだろうなぁ~~?