上野星矢フルートリサイタル

連日の酷暑の中、逗子文化プラザなぎさホールにて上野星矢フルートリサイタルが開催された。当日、朝からコンサートが終えるまで一日付きっきりの仕事。彼については、と言うよりもフルート演奏の事は私自身大変勉強不足で以前に数回フルート奏者のコンサートの調律を担当した位でどこがどう上手いのか曲の理解も全くの初心者レベルでありますが、コンサートの舞台裏、準備の様子から私が新たに感銘した事を書き記したいと思います。

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7月に入り電話依頼で「8月9日に逗子のなぎさホールでコンサートを開きますので調律をお願いします。」と依頼があった「開場・開演の時間と演目を教えてください」と告げると「フルートのコンサートで開場13:30・開演14:00です。」との答えに「9:00から調律してリハーサルは。何時からでしょうか?」と聞くと「恐らく11時位からでしょう。」毎度の確認をして仕事を引き受けたが、その時に演奏者の名前の確認をすっかり忘れてしまった。

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当日、朝8時30分に開場に到着したが、駐車場が開かないので待機する事に。8時50分に入場してそのまま会場に向かった所、ステージにピアノ搬入している最中だった。ピアノは、スタインウェイのD型フルコンサートピアノ。会場は、ステージが広く500客席位はありましょうか。立派なホールです。ホールの響き(残響音)は、多めでよく響く。このホールでボリュームの大きいフルコンサートピアノとフルートでどうバランスを取れば良いのかな?なんてちょっと不安になった。室内温度は、29℃。エアコンが入って26℃位に下がるかなと予想してピッチを測ると1Hz下がっている。温度変化も想定しながらちょっとピアノが冷えるのを待つ事にしてアクション関係のチェックをしたが、きっちりとメンテナンスされていて申し分無い状態だった。会場の温度も一定してきた所で作業に入る。A442Hzで順調に作業も進み11時のリハーサル開始に十分間に合った。今回は、フルートとピアノ伴奏だけなので音色の濁りが出てくると具合が悪いのでかなり強めに叩いて安定させたのだが、中々ピアノが目を覚ましてくれない。ベッティングの調整などバッチリと作業をしたが、後は、リハーサルでピアニストに弾きこんで目を覚まして貰うほかないな・・・ちょっとお寝坊さんのピアノだなと思っていると演奏者一行が会場に到着した。上野氏は、楽屋へピアニストの佐野隆哉氏は、そのままステージにいらして簡単に挨拶した途端に荷物も其のままにピアノを弾き始める。鋭いタッチで会場いっぱいに響き渡るピアノの音。徐々にピアノが鋭い音に変わり響きも豊かに変わっていく。だんだん目がさめてきたなぁ~、さすが良い音だすなぁ~と関心しながら、しばらくして僕は、「どうですか?」と尋ねると「良いですね。良いピアノですね。」ととりあえず一安心。「ピアノの位置などどうされますか?」と聞くと「後で上野氏と相談して決めましょう。」すると上野氏がステージにやって来て挨拶をかわすとウォーミングアップで上野氏がスケールなどを吹き始めた。その音量と豊かな音色に僕は、鳥肌が立った。長年この仕事をしているがスケールを聞いて鳥肌が立つなんて初めての事。何とも上手く説明が出来ないが体が反応した。その後、リハーサルがはじまり僕は、客席の要所要所で音のバランスを確認した所、抜群の音量のフルートではあるものの一部ピアノの低音と音がかぶるので「ほんの少しピアノの位置を動かしましょう」と申し出た。ピアノの位置など一応調律師が提案をして最終的には、演奏者が決定するのだが、我々の提案は、お客様にとって良い音の場所。多くのピアニストは、ご自身が一番演奏しやすい所をチョイスする事が多い。どちらが良いのかは、これは微妙で演奏者が一番良い場所にして気持ちよく演奏して頂くことが最高の場所と考えるのかお客様に最高の音を伝える事を最優先するのかこれは、演奏者も我々もいつも悩む所だと思う。今回は、音楽監督も同席していたので意外に簡単に私の申し入れを試して頂けて全員の納得のいく素晴らしいバランスの場所を短時間で見つける事が出来た。1時過ぎまでリハーサルが続き1時30分の開場までに再度ピアノの調律をする。さすがスタインウェイほとんど狂いは無く安心して本番を迎えられた。

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7月30日(木)は、午後からみなとみらいロイヤルパークホテルで会議の後、懇親会に出てその後直ぐに帰宅すると報道ステーションで何やら岡山県の田んぼの中で誰かがフルートを吹いている。小高い所から棚段になった田んぼを見下ろし、遠くに工場地帯の幻想的な明かりが灯る光景に響き渡るフルートの音色。その時は、演奏者の名前も分からなかったが、その演奏者が上野星矢さんだったとコンサートの日に知った。舞台袖でその演奏を聴けるなんて何とも言えぬ幸せな一時。特に最後のカルメンファンタジーは、誰もが聴覚えのあるメロディーをすさまじいテクニックで披露され、会場全体が興奮に包まれた。会場には、地方から駆付けられた彼のファンが多くいたらしい。何度となく続くカーテンコールの後、舞台袖に戻った所で私は、素直に「素晴らしかった」と伝えると若者らしくニッコリと「今日は、ありがとうございました。」とペコリと頭を下げた。ピアニストの佐野隆哉さんに「ピアノ良かったですよ」と伝えると「とても弾きやすかったです。今日は、ありがとうございました」と深々とお辞儀された。この若き演奏者達の礼儀正しさと一流の演奏技術に感銘を受け、一日拘束される仕事で多少の疲れはあったもののフルートの新たな魅力を知る事が出来た感動が心に刻まれた。そして舞台袖に最初に帰って来た符めくりのアルバイトの女の子がげっそりと一番疲れた顔をしていたのもついでに心に刻まれた?