関東地方の梅雨明けが昨日発表された。まだ6月なのに観測史上初だそうで昨年同様、降水量が心配になる。私もここに何度か観測史上初のキーワードを書いた覚えがありますが、これからの夏に観測史上初のゲリラ豪雨や大型台風などと書き込みをしなくていい様に切に願う。さて毎度の事ですが気が付けばもう6月も末です。もう言い訳も通用しなさそうなので素直に今月の様子を書き記したいと思います。
6月に「第37回遠藤郁子ピアノリサイタル」が鎌倉の清泉小学校で開かれた。何時もの様に3日前からピアノの調整に入り順調に?準備を進めて本番を迎えるのだが実は昨年ここのフルコンサートピアノは、大掛かりな修理が入りちょっと大変な事になっていた。さかのぼれば昨年のコンサートの前に学校側からピアノをオーバーホールしましたと連絡が入り事前に私がピアノの確認にお伺いしました。弦・ピン交換・ハンマー交換と一見すると綺麗に仕上がっている様に見えましたが、プロの演奏家ましてや遠藤郁子先生が弾くフルコンサートピアノとしては、問題山積み状態でどうしたものか3日で仕上がるかなぁ~と深刻な状態で迎えたのが昨年のコンサートでした。毎度の事ですが遠藤先生専属の調律師である五家さんと3人態勢で準備に入るがちょっと途方に暮れた。「最初からやろう!」と弦合わせからハンマーの走りから大急ぎで作業を進めたが一向に音が改善されずに悶々としながら作業。2日目の夕刻に遠藤先生の体調不良でコンサート中止と連絡が入った。我々は、ちょっと救われた妙な気持ちが込み上げた。長年清泉小学校のコンサートに携わって来て直前の中止は初めての事でした。我々は、来年は、これとこれとこれをこうやってなどと今後の作業の確認をして学校の音楽の先生に「とにかく沢山弾いて弦を伸ばしてください」とお願いして学校を去った。あれから一年経ち、今年の5月に心配だからと一日ピアノ調整作業をして例年通り6月の本番3日前から作業に入った。
整調関係など大方の作業は、終えていたが何故か心が晴れない。鍵盤調整や考えられる作業を粛々と進めて整音作業に入るが音のバランスが取れない。ハンマーが新品に交換されているが昔のハンマーと今の物は、根本的に違う。作業効率を考えて全体に柔らかく緩く巻いているのか第一整音・第二整音と針刺しの回数(ピアノには88本のハンマーがあり1本あたり数百回と針を刺す作業で数百回×88本で全ての音色を整える重要で経験が必要な作業)が少なくて済むのは、作業効率は良いがフルコンサートピアノで一流のピアニストが弾くピアノとなると面倒でも昔ながらのハンマーの方が作業のバリエーションが広がるので安定している。それに今回のオーバーホールは、とても安価だったらしく会場に技術者数人が来てこの場での作業だったらしい。つまり、弦を外して新しい物に交換してハンマーアッセンブリーを取り寄せて付け替えただけの作業なので通常我々が行う本体と鉄骨合わせや駒圧調整などオーバーホール時にしか出来ない作業は、今回見送られた事になる。もちろんそういった作業は、作業場にピアノを運び込まなければならないし費用も大幅にアップするので安易に勧められないが恐らく作業をした技術者達も作業後のピアノの状態に心穏やかでは無いだろうと想像する。いやそうであって欲しい。
この3日間は、いつもより朝早くからの作業で3日目にして五家氏のウルトラ整音でどうにか恰好がついたが3人誰一人として納得出来ていない。遠藤先生の反応だけが気に掛かる。11時に遠藤先生が到着されてリハーサルに入る。何も言わずにピアノの感触を確かめているがさすがに瞬時に状態を把握された様子が良く判る。随分弾きにくそうにされていて気の毒になった。ふと先生が「ピアノの位置を後ろに下げたいわ」と言うのですぐさまほんの僅か下げる。少し弾かれて「少し斜めにピアノを振りたい」と言われまた動かし動かしを何度となく繰り返した。つまりピアノの状態を瞬時に理解した先生は、我々に何一つ文句を言わずにどうにか少しでも納得の行く方向性を模索されて協力して頂いた。しかし仕上がったピアノは、超一流の遠藤先生の感性を満足させられるレベルでは到底ありませんでした。
定時にコンサートは始まり「主よ、人の望の喜びよ」が会場に響き渡る。あのピアノのコンディションでこんなに綺麗に奏でる抜群の表現力に魅了される。そして次に「エリーゼのために」を演奏された。もっぱらピアノの発表会などで聞き馴染んだ曲とはまるで別物。一流のピアニストがちゃんと弾く「エリーゼのために」は、私も初めて聞いた。誰しもが知るこの曲が如何に名曲であるかを改めて実感させられた。そして有名なヴァルトシュタインから後半はショパンでスケルツォに入るとピアノの不完全さを補う様に遠藤先生も相当に苦労をしている様子が伺えて申し訳ない気持ちで一杯になるがそこはさすがに抜群のテクニックでカバーして素晴らしい演奏を披露して頂いた。遠藤先生は、今回のピアノの経緯を御存じだった様でコンサートが終えて冴えない顔の我々ににっこり微笑んで「今回は、ピアノの調整がさぞかし大変だったでしょ?」とお気遣い頂いた事が唯一の救いだった。
そんな折に「羊と鋼の森」の映画が封切られた。お客様宅でもその話題が必ず出る。その影響で永年調律をやっていない昔のお客様数件から「映画を観てピアノが心配になってお電話したんです。」と嬉しい連絡が入った。中には28年ぶりに調律にお伺いしたお客様は、「え~28年も経ってるの?10年位かと思ってたのに(笑)。そうね~息子も結婚して家を出てるし、もう子供もいるわよ~。」「え~あのちょろちょろしてた子が結婚してお孫さん出来ましたか(笑)。もう28年ですから。皆さんお変わりなくお元気なんですね!」と言うと「変わりあるわよ!だって28年前と言えば私も30代前半だから若かったけれど今は、年取ってこんなに太っちゃったじゃない!」「年を取るのは、お互い様ですから。昔は、お若くてお綺麗でピチピチされてましたよ。今でも十分ピチピチされてますけど(笑)」と言うと「それは、太ってパンパンて事?」「そう・・いやいや変わらずお綺麗だと・・・(笑)」しどろもどろになりながらお互いに大笑いをしてあっと言う間に時間がさかのぼった。