コロナウィルスも更に猛威を振るって一向に治まる気配がない。私も2回のワクチン接種を済ませて準備万端のつもりがニュースでは、何だか3回目の接種がどうのこうのと言っている。2回目の接種の副反応が結構きつかったのでもう恐怖でしかない。よって未だに弊社のお客様には、遅れが取り戻せておりません。随時様子を見計らいながら遅れを取り戻す努力をしておりますがこのご時世の事情が事情なので中々思う様にはかどっておりません。お急ぎのお客様に置かれましては、ご連絡を頂けますと最優先でご対応させて頂いております。ご迷惑をお掛けいたしておりますが何卒よろしくお願い申し上げます。では、今回は、この夏何十年ぶりにピアノを壊してしまった悲しいお話を記事にしたいと思います。
「あ~なんて良い音!」「あ~気持ちいい!」「う~んこの伸びやかで澄んだ音!」調律を終えてご確認をと告げてピアノ弾き始めてもう数十分が経つが毎回こんな調子でニコニコご満悦の顔でずっと弾き続けるお客様は、熟年男性ピアニスト。しばらく演奏を聞いていると奥様がコーヒーを入れて持ってきてくれる。それでも演奏を止める気配は無く「あ~なんて良い音なんだ!」「このスタンウェイは、本当に良い音だな!調律するとこんなに違うんだもの!あ~ここ・・この澄んだ音の伸び!」とニコニコ。奥様もその様子に頬が緩み3人で何だかニコニコして・・・毎年そんな光景が長年繰り返されている。本当にピアノが好きなんだなとヒシヒシと伝わる。あんなに愛されてあのスタンウェイも幸せ者でしょう。そしてあんなに喜んで頂けて毎回私もとっても嬉しい。そんなご満悦の時間を過ごしていると突然弾く手を止めて「妻の実家に永年放置しているピアノが有るんですけど一度使える物かどうなのか見て頂けますか?ちょっと遠いんですけど」と「喜んでグランドですかスタンウェイですか(笑)?」と言うと「いや○○○のアップライトでもう何十年も放置して調律もしてないんですよ」と言われ後日、日程を合わせてお伺いした。
早速ピアノを触ると????滅茶苦茶を通り越して物凄く気持ちの悪い音階。どうしたんだろう?調律の記録を見るとおよそ45年位前のピアノで購入した時に調律をしたまま放置されていて20年位前に一度調律師に調律を頼んでいるがその時にピッチが全音下がっていたと記載されていた。それにしてもこの狂いは異常だ!オカシイ!20年位前に調律していてピッチがまた半音下がっている。次高音からは、全音更に下がっていて明らかに異常がある。万一、前の調律師さんが上手くピッチを上げられなかったとか?なんて色々想像しながら鉄骨の折れを懸念して慎重に見ても見た目には鉄骨の折れやひび割れも見当たらない。響板の割れも駒の剥がれも無く???でも何かが変だ!私は、「こんな狂い方は、おかしいのでこれを調律するともしかしたら鉄骨が折れるかもしれません。」と告げると「折れるとどうなりますか?」と聞かれたので「折れたらピアノは、もうだめです。修理不能になります。廃棄処分です。」「修理不能ですか・・・」「はい、中には鉄骨を再溶接して修理が出来るという技術者が居るようですが、仮に本当に修理が出来るとしてもピアノを搬出して230本の弦を全て取り外して鉄骨も取り外しての修理となると大掛かりになります。そうなると費用が物凄くかかるのでその場合は、買い替えた方が良いという判断になります。」と告げると「どうしたら良いですか?」と言われたので「とりあえず、物凄く慎重に慎重に調律を試みます。上手く行くと良いのですが鉄骨が折れて使い物にならないピアノになってしまう可能性があるというリスクが発生しますのでその点は、ご理解願えますか?」「分かりました全てお任せします」と言って頂いた。
年式を全く感じさせない外観で大きな傷も無ければとっても綺麗。無事に蘇ると良いのだが・・・と慎重に慎重に調律に取り掛かった。まず、全音下がっている次高音の状態を探る為にもピッチをそのままにして調律をしてみる事に。何ら問題無く作業が進む。徐々に少しずつピッチを上げて何回にも分けて時間を掛けて調律を繰り返した。恐る恐る調律を繰り返したので疲労困憊で物凄く時間が掛かった。その甲斐もあって無事に調律を終えて何とも綺麗な音を奏でるピアノになった。「どうにか終わりました(笑)!弾いてみてください。」と言ってピアノを明け渡すと早速弾き始めた「お~良い音してる!う~ん中々良いふくよかで伸びる音!良い音してますね~!」と言って何時もの様に延々とピアノを弾きが始めた。何時もの様に奥様がコーヒーを入れて来て「あのピアノがこんなに良い音になるなんて!凄いですね!」と言って何時もの様にみんなで頬をゆるめる光景になった。こんなに狂っているピアノの調律は久しかったなぁ~でも無事に綺麗に仕上がってやっぱり俺って天才!!!なんて有頂天になって勘違いを思いながら上機嫌で帰路についた。その夜、8時過ぎに電話が鳴る。「今日は、ありがとうございました。あの後、ずっとピアノを気持ちよく弾いてみんなでお茶を飲みながら雑談を始めたらバン‼‼と凄い大きな音がしていっぺんに音が狂ってしまいました。どうしたんでしょう?」と電話が入った。もう嫌な予感しか経たなかった。後日、お伺いしてピアノを見ると予想通り次高音の鉄骨に大きなヒビが入っていた。「あ~鉄骨が折れました・・・」意気消沈です。今回のケースは、あらかじめお客様にリスクを説明してありましたので問題になる事はありませんでしたがお互いに決して良い気分の物ではありません。というより残念でなりません。折角あんなに良い音になったのに返す返す残念です。この鉄骨折れとは、20トン以上の力を支える鉄骨は鋳物で出来ていて砂型に溶かした鉄を流し込むのですがその時に少なからず気泡が入る。その場所が悪かったりすると今回の様に折れたりする訳です。私も過去に10台位は鉄骨の折れたピアノを経験しております。昔から先輩方から2万台に1台の割合で鉄骨は、折れるからね!と言われましたが冷静に今考えるとどこから2万台なんて数字が出てくるのかそんな適当な数字は、単なる言い伝えでそれくらい希にあるという事なんでしょう。思えばピアノ最盛期の年間30万台以上の生産をしている時代は、新品のピアノでさえも鉄骨の折れを数台経験している。とある製造メーカーの製品だったりゼネラルブランドの特定の機種(モデル)では鉄骨の折れるピアノが数多く存在した事は事実です。それをここで記載する事はしませんが、いずれにせよ私は、ここ25年位は、鉄骨折れとは無縁でした。久々の遭遇にやむを得ない事とは言え一台のピアノの最期を看取るという何とも言えぬやりきれない気持ちが渦巻いた。ピアノ調律師という仕事を続けて行くと今回の様な事に出くわす事もあるでしょう。幸いな事にまだ経験した事の無い調律師さんは、この様な事があるもんなんだなと参考にして頂ければ幸いです。なお、今回掲載している写真は、今回の鉄骨折れのピアノとは全く関係ありません。