34年ぶりの再会。

もたもたと日々仕事に追われていると2025年3月も残りわずかになってしまった。ここ数日は、3月なのに夏日になって移動中の車内は冷房、作業場では薄手の夏の作業着を引張りだす始末で気持ち良く暖かいを一気に通り超えて暑い。そして今年は、花粉の飛散量が特別に凄い様で汗まみれに加えてくしゃみの連発で鼻水まみれとこの異常気象に猛烈な嫌気がさす。しかしこの暑さで一気に桜が咲いて何故か気分が浮き浮きしている。今回は、そんな3月の様子を手短に書き記したいと思います。

一昨年前、仕上がって出荷待ちのピアノ

一昨年、ご自宅の建て替えの為に約1年ちょっとグランドピアノを弊社でお預かりしてその間にピアノのクリーニングや内部の調整をしてお届けをしたお客様。以前のお宅では、湿気が多くてピアノの金属部分はサビだらけ、ピアノ内部は、カビだらけと言った具合で当然内部の機械類は湿気で動きが悪くタッチももたもたして決して良いコンディションではありませんでした。保管中にたっぷりと時間があったので弊社で十分に繰り返し作業してベストな状態で納品したのですが一昨年お届けして半年もしない内に音がバランバランに狂ったと連絡を頂いて再度お伺いすると新築のお宅の最新暖房システムが災いをしてつまり乾燥が過ぎて木部が痩せてカラッカラな状態。調律中にお客様に加湿器を買いに行って貰って設置場所などをアドバイスをして様子を見る事にした。翌年、お電話をすると建替え前にずっとお願いしていた調律師さんから先に連絡があったので一足先にお願いしたとの事でした。長いお付き合いの調律師さんですからまぁ当然と言えば当然です。それは良いのですが唯一心配なのは過乾燥対策をしてくれるのかが気がかりだった。本年、お客様からメールが入って是非調律をお願いしたいとの事でした。昨年、過乾燥の経過を見れなかった事が気に掛かっていたので作業時間をたっぷりと割いてお伺いした。

過乾燥でパックリと割れた響板

湿度22%~26%をウロチョロ

ピアノを触るとバランバランに狂っている。お客様に「この冬は、加湿器はどうされましたか?」と聞くと「今年は、もういいかなと思って使いませんでした。」と返答された。チューニングピンのトルクが無くなって音が急激に下がっている所が多数あり、尚且つ乾燥による木部の変化でスティックも多数。そしてよくよく見ると響板が大きく2カ所割れていた。「あ~なんてことだ!可哀そうに。」とそっとピアノを撫でた。とりあえず作業に取り掛かって調律をしながら湿度計を見ていると室温20℃湿度22%~26%の間をウロチョロしている。もっと外気が低くて寒い日は、長時間もっと下がる事が予想出来る。昨年この子の様子を見る事が出来ていればこんなに大怪我をしなくても済んだだろうと悔やまれてならない。と言っても後の祭り打つ手の引出はいくつかあるので「これからは、ちゃんとオジサンが面倒見て調子よくしてあげるからね!」と心で呟いて思いを込めて作業に没頭した。長時間の作業を終えてピアノを弾いてみると生き生きとした艶のある音を奏でてくれて新たな絆を構築できた様な気がした。

色んな作業を効率良く並行して行う。

先月末に一通のメールが届いた。以前、調律をお願いしていた○○です。長い事放置していたピアノの調律をまたお願いしたい・・とお名前と住所・電話番号が記載されていたがその住所は、全く覚えが無かったが私の母とお名前が同じだったので特に強く記憶していたお客様だった。直ぐに連絡を入れてお伺いすると一度もあった事の無いご主人様が玄関で出迎えてくれた。奥様は、ちょっとお出掛けになっていてもう直ぐに戻られるとの事でした。早速、ピアノにご対面するとEarlWindsor W112だった。ご主人様曰く、最近、孫が遊びに来てピアノを弾くと孫が「音が狂ってる!て言うんですよ(笑)狂ったままじゃ可哀そうだから連絡先をずっと持って居たので連絡しました。」ありがたい話です。「以前は、とっても湿気の多い社宅にお住まいでしたね~」と私は、その家の佇まいまで記憶していた。そこからこちらの高級住宅街に家を建てられてかれこれ30年余り、調律記録を見ると最後の調律が平成3年、34年ぶりの調律になる。そしてあの物凄い湿気だったお宅から湿気とは無縁の快適なお宅へ移動と乾燥と長年の放置でなんと音は半音下がりズタズタの状態。アクションも故障個所多数だが幸いな事に虫食いは全く無かった。

カシュー塗装なのに綺麗に保たれていた。

早速、ピッチ上げ調律に入るがWindsorの場合は、きわめて慎重に張力を均等に上げる必要があるので数回に分けてそれぞれを短時間に手際よく徐々にピッチを上げて行くを繰り返す必要がある。その途中のインターバルを開ける時間は、アクションの修理や調整・鍵盤筬のすり合わせなど上手に時間配分をしながら慎重に作業を進める。このピアノの場合、無作為に作業すると最悪、次高音部の鉄骨折れの可能性があるのでことさら慎重にピアノ全体の様子を感じながら作業する事が求められるが、特に難しい訳では無くそれ相応のピアノの知識と経験があれば何ら問題はありません。そうこうしていると奥様が帰宅されて34年ぶりの再会です。変わらぬお姿にとっても懐かしい思いとまたお用命を頂いた喜びで長時間の疲れが一気に吹き飛んだ。と言っても作業途中。挨拶もほどほどにして作業再開。鍵盤筬を慎重に外して経年変化を修正して整調に最終調律をして無事に作業終了。当然、半音もピッチを上げているのでこれで一年間万全とは行きませんがこれからちゃんと調律管理は必要となります。作業を終えてお沢山の昔話に花を咲かせて気分よく帰路についた。どちらのケースも長年ピアノ調律師の仕事を続けていると経験する当たり前の出来事。だからこそ人と人との出会いや関わりは、ことさら大切にしなければなりません。それがピアノ調律師の仕事なんだと今更ながら肝に銘じてありがたみを感じた。