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スタインウェイお披露目コンサート

今年も7月5日からの豪雨で西日本を中心に大災害が起きました。被災された皆様に心からお見舞い申し上げます。今回は、平成最大の水害が起きる数日前に開かれたスタンウェイお披露目コンサートの様子とそのピアノを仕入れから修理・仕上げそして納品と半年掛かりの格闘を記事にしたいと思います。

日本全国、少子化による影響で子供相手の職業は、危機的状況を迎えています。特にピアノ教室は、少子化の影響をもろに受けている業種です。お稽古事と云えばピアノ・そろばん、なんて昔の事で今は、スイミングにバレエ・英会話と体操教室・サッカーや野球、最近では、ダンス教室そして塾となると子供達も忙しくてピアノどころじゃありません。そんな中、情熱を持ってピアノ教室を運営されて着実に生徒を増やし続けている先生がいらっしゃいます。横浜市戸塚区の「かじやピアノ教室」の梶谷佳子先生です。もう随分前になりますが私のお客様から「ヤマハのピアノの講師をしている友人から良い調律師さん紹介して欲しいと相談を受けたので梅根さんをご紹介したいんですけど・・・」と電話が入った。そこでお伺いした先生が梶谷先生でした。当時は、まだヤマハの講師をされていましたがその後、辞められてご自宅敷地内のレッスン室でピアノ教室を開業されました。何よりピアノが大好きな先生は、毎年のピアノ発表会からご自宅でのサロンコンサート開催そしてピアノ講師としての勉強会など教室運営につながる色々な勉強会に積極的に参加してそこで出会った新たなネットワークを駆使して着実に生徒を増やしています。

 

外国製ピアノに良くみられる塗装の割れ

随分前になりますが、先生が「この前の発表会で使用したスタンウェイは、良い音してましたね~もう弾いていて気持ちが良くて(笑)。生徒達もお母さん方からも素晴らしく良い音だったと感謝されたんですよ。やっぱり良い音は分かるんですね~。朝早くから調律して頂いた梅根さんのお蔭ですよ。」私は「まぁ~調律師が良かったからでしょうね~(笑)!あそこのホールは、出来たばかりでピアノも新しいし良いピアノでしたね~何より響きが良くて何から何まで綺麗なのが気持ちいいですね!駅にも近いし(笑)」と雑談をしていると先生が真剣な面持ちで「私、スタンウェイが欲しいんです。夢なんですけどね!何時かは必ず!その時は、宜しくお願いします」そんなやり取りから数年後に「そろそろスタンウェイが欲しいんですけど新品は買えないので凄く良い中古が有ったらよろしくお願いします」と電話が入る。何時行っても家は綺麗にされているし調度品もセンスが良いのでまずは、先生の希望を聞いてと思い直ぐにお伺いしてピアノの色や大きさや予算の事など色々とお話をした。中古と言えども如何せん金額が金額ですから私も慎重になる。その後、日本中を探し回ったが予算内の茶色で音が良くてあまり使用されて無いそんなスタンウェイは、何処にもありませんでした。その一年後、ようやく先生の希望を超える彫の入った茶色のピアノが見つかりましたが、今一つ音が良くなくて、スタンウェイは永年の夢と仰られた先生の期待に応えられないピアノを弊社の看板で販売して私がずっと管理すると想像するとお届けする事は、とても出来ませんでした。それから、さらに1年が過ぎた頃に地方に希望に叶いそうなピアノが見つかったので早速、本年の2月に見に行って来ました。36年前のスタンウェイで殆ど使っていないブビンガの茶色のピアノ。特殊な木目にそって全て塗装が割れている。音も使っていないので今一つ冴えないがきっちりと調整をすると見事な音になるだろうと思えた。外装は、全て塗装を剥いで全塗装で新品になるな!と仕入れる事を決めた。

見事に仕上がった塗装内部調整を繰り返す

このアングルが木目が綺麗に写ってる

ピアノが入庫して再確認するとブビンガ木目(突板)は、ワシントン条約で規制対象木材で希少な木材だと分かった。慎重に全塗装作業に入る。鉄骨から弦・ピンなどその他の部品交換があるので丁寧に組上げるのに2カ月掛かった。早速、弊社商品倉庫にピアノを移動して調整に入る。30年余り使われていないので最初から全ての作業になります。調整しては、調律して弾いて弦を伸ばして調整して・・を何回も何回も繰り返します。皆さんが良く知るメーカーでしたら、ほんの二日いや三日もあれば完璧に仕上がるでしょう。スタンウェイは、そんなに甘くありません素晴らしい音とタッチに仕上げなくては、またお届け出来ないと思うと私も必死です。この時点で先生は、このピアノを見た事も触った事もありませんでした。考えてみると全てお任せします、信頼してますからと言われてもこの金額の商品を購入するのに未だ一度も触っていないのですから、さぞかし心配でしょうがその信頼に十分にお応え出来る様に時間が空くと倉庫でピアノを弾いて弦を伸ばして調律しては、整音してを何回も何回も繰り返してようやく納得の行く状態に仕上がったが5月末。先生を弊社倉庫にお連れして夢のピアノに初めてのご対面です。「うわ~綺麗なピアノ」と隅々まで見回して直ぐに弾き始めた。「深みのある綺麗な音!素晴らしいわ~」と「椅子も新品の本革のコンサート椅子で同じ色に塗装しましたから(笑)!カバーから全て純正品で万全に用意しました。」と言うと満面の笑みになった様子を見てちょっと安堵した。「7月1日にピアニストで大学教授の北島公彦先生をお呼びしてスタンウェイお披露目コンサートを開くんですけどそれまでに間に合いますか?」「大丈夫ですよ!お客さんは何人位いらっしゃるんですか?」と聞くと「お披露目と食事会を兼ねてピアノ講師仲間と友人で少人数ですけど梅根さん食事会迄お付き合いできますか?」「ありがとうございます。朝から調律にお伺いさせて頂きます。それまでにもっともっと手を入れておきますから。」

いよいよ出荷の準備

リハーサル中の北島公彦先生

かじやピアノ教室の梶谷佳子先生((右から3人目)

6月の後半に無事に納品して調律をしてしばらくして7月1日を迎えた。朝9時にお伺いして調律を始めた。良い音している!と自己満足しながら調律を終えたと同時にピアニスト北島公彦先生が到着された。「綺麗なピアノだなぁ~この木は、何ていう木なんですか?初めて見ますよ!」と早速弾き始める「う~んなるほどなるほど」と言いながら色んな曲を弾きながら「素晴らしい!」と言いながらちょっと違和感を感じている様でした。梶谷先生のタッチに合わせて調整していたので一流ピアニスト北島公彦先生の鋭いタッチでは少しだけ次高音の音に深みが欲しい様でした。リハーサルが終えてお客様がいらっしゃる迄の僅かな時間を利用してピアノの調整をして本番が始まりました。バッハに始まりブラームス・モーツァルトにと素晴らしい演奏を目の前で披露して頂いて女性ピアニストが大好きな私としては、ちょっと北島先生に一目惚れの素晴らしい演奏でした。そしてさすが大学教授、先生の経験溢れるお話が分かりやすく楽しく素晴らしいコンサートとなった。後半のショパンに入るとピアノが本体の隅々まで共振しているのが分かる位の良い響きをしてお客様を魅了した。気持ち良さそうに演奏される北島先生と梶谷先生の嬉しそうな顔がとても嬉しくようやく肩の荷が下りた気がした。演奏後に北島先生が「音変えたんですね。素晴らしい!」と言って頂いた。本番前の僅かな時間での調整ですから、ほんの少しだけ変えただけなのですが、さすが一流の感性は素晴らしい!惚れ惚れする演奏と北島先生を囲んでの美味しい食事と雑談は、心に残る良き一日となった。この話を異業種の友人達にすると「お前ん所は、そんな高いピアノ売って儲かってて良いなぁ~」と口を揃えて言うが「高価なピアノは、仕入れも高いし純正部品はべらぼうに高いだろ。ついでに運送も高いと何から何まで高いんだよ!それに良い音で良いタッチじゃダメなんだよ!素晴らしい音で素晴らしいタッチでなければならない訳だから!その手間を考えると本当に儲からないんだよ。」と言うと「まぁ~そうだろうなぁ~分かるよ。じゃ~素晴らしい音で良いタッチ位にしとけばもうちょっと儲かるんじゃない(笑)?」と友人は、異業種に限るな!

 

第37回遠藤郁子ピアノリサイタル

関東地方の梅雨明けが昨日発表された。まだ6月なのに観測史上初だそうで昨年同様、降水量が心配になる。私もここに何度か観測史上初のキーワードを書いた覚えがありますが、これからの夏に観測史上初のゲリラ豪雨や大型台風などと書き込みをしなくていい様に切に願う。さて毎度の事ですが気が付けばもう6月も末です。もう言い訳も通用しなさそうなので素直に今月の様子を書き記したいと思います。

6月に「第37回遠藤郁子ピアノリサイタル」が鎌倉の清泉小学校で開かれた。何時もの様に3日前からピアノの調整に入り順調に?準備を進めて本番を迎えるのだが実は昨年ここのフルコンサートピアノは、大掛かりな修理が入りちょっと大変な事になっていた。さかのぼれば昨年のコンサートの前に学校側からピアノをオーバーホールしましたと連絡が入り事前に私がピアノの確認にお伺いしました。弦・ピン交換・ハンマー交換と一見すると綺麗に仕上がっている様に見えましたが、プロの演奏家ましてや遠藤郁子先生が弾くフルコンサートピアノとしては、問題山積み状態でどうしたものか3日で仕上がるかなぁ~と深刻な状態で迎えたのが昨年のコンサートでした。毎度の事ですが遠藤先生専属の調律師である五家さんと3人態勢で準備に入るがちょっと途方に暮れた。「最初からやろう!」と弦合わせからハンマーの走りから大急ぎで作業を進めたが一向に音が改善されずに悶々としながら作業。2日目の夕刻に遠藤先生の体調不良でコンサート中止と連絡が入った。我々は、ちょっと救われた妙な気持ちが込み上げた。長年清泉小学校のコンサートに携わって来て直前の中止は初めての事でした。我々は、来年は、これとこれとこれをこうやってなどと今後の作業の確認をして学校の音楽の先生に「とにかく沢山弾いて弦を伸ばしてください」とお願いして学校を去った。あれから一年経ち、今年の5月に心配だからと一日ピアノ調整作業をして例年通り6月の本番3日前から作業に入った。

整調関係など大方の作業は、終えていたが何故か心が晴れない。鍵盤調整や考えられる作業を粛々と進めて整音作業に入るが音のバランスが取れない。ハンマーが新品に交換されているが昔のハンマーと今の物は、根本的に違う。作業効率を考えて全体に柔らかく緩く巻いているのか第一整音・第二整音と針刺しの回数(ピアノには88本のハンマーがあり1本あたり数百回と針を刺す作業で数百回×88本で全ての音色を整える重要で経験が必要な作業)が少なくて済むのは、作業効率は良いがフルコンサートピアノで一流のピアニストが弾くピアノとなると面倒でも昔ながらのハンマーの方が作業のバリエーションが広がるので安定している。それに今回のオーバーホールは、とても安価だったらしく会場に技術者数人が来てこの場での作業だったらしい。つまり、弦を外して新しい物に交換してハンマーアッセンブリーを取り寄せて付け替えただけの作業なので通常我々が行う本体と鉄骨合わせや駒圧調整などオーバーホール時にしか出来ない作業は、今回見送られた事になる。もちろんそういった作業は、作業場にピアノを運び込まなければならないし費用も大幅にアップするので安易に勧められないが恐らく作業をした技術者達も作業後のピアノの状態に心穏やかでは無いだろうと想像する。いやそうであって欲しい。

この3日間は、いつもより朝早くからの作業で3日目にして五家氏のウルトラ整音でどうにか恰好がついたが3人誰一人として納得出来ていない。遠藤先生の反応だけが気に掛かる。11時に遠藤先生が到着されてリハーサルに入る。何も言わずにピアノの感触を確かめているがさすがに瞬時に状態を把握された様子が良く判る。随分弾きにくそうにされていて気の毒になった。ふと先生が「ピアノの位置を後ろに下げたいわ」と言うのですぐさまほんの僅か下げる。少し弾かれて「少し斜めにピアノを振りたい」と言われまた動かし動かしを何度となく繰り返した。つまりピアノの状態を瞬時に理解した先生は、我々に何一つ文句を言わずにどうにか少しでも納得の行く方向性を模索されて協力して頂いた。しかし仕上がったピアノは、超一流の遠藤先生の感性を満足させられるレベルでは到底ありませんでした。

定時にコンサートは始まり「主よ、人の望の喜びよ」が会場に響き渡る。あのピアノのコンディションでこんなに綺麗に奏でる抜群の表現力に魅了される。そして次に「エリーゼのために」を演奏された。もっぱらピアノの発表会などで聞き馴染んだ曲とはまるで別物。一流のピアニストがちゃんと弾く「エリーゼのために」は、私も初めて聞いた。誰しもが知るこの曲が如何に名曲であるかを改めて実感させられた。そして有名なヴァルトシュタインから後半はショパンでスケルツォに入るとピアノの不完全さを補う様に遠藤先生も相当に苦労をしている様子が伺えて申し訳ない気持ちで一杯になるがそこはさすがに抜群のテクニックでカバーして素晴らしい演奏を披露して頂いた。遠藤先生は、今回のピアノの経緯を御存じだった様でコンサートが終えて冴えない顔の我々ににっこり微笑んで「今回は、ピアノの調整がさぞかし大変だったでしょ?」とお気遣い頂いた事が唯一の救いだった。

 

そんな折に「羊と鋼の森」の映画が封切られた。お客様宅でもその話題が必ず出る。その影響で永年調律をやっていない昔のお客様数件から「映画を観てピアノが心配になってお電話したんです。」と嬉しい連絡が入った。中には28年ぶりに調律にお伺いしたお客様は、「え~28年も経ってるの?10年位かと思ってたのに(笑)。そうね~息子も結婚して家を出てるし、もう子供もいるわよ~。」「え~あのちょろちょろしてた子が結婚してお孫さん出来ましたか(笑)。もう28年ですから。皆さんお変わりなくお元気なんですね!」と言うと「変わりあるわよ!だって28年前と言えば私も30代前半だから若かったけれど今は、年取ってこんなに太っちゃったじゃない!」「年を取るのは、お互い様ですから。昔は、お若くてお綺麗でピチピチされてましたよ。今でも十分ピチピチされてますけど(笑)」と言うと「それは、太ってパンパンて事?」「そう・・いやいや変わらずお綺麗だと・・・(笑)」しどろもどろになりながらお互いに大笑いをしてあっと言う間に時間がさかのぼった。