粗悪なピアノと秀逸なピアノ

3月に入って日中はポカポカ陽気だが、夕方から夜にかけてグンと気温がさがりまだまだ寒い。段々春めいて来ているが三寒四温、書いて字の如く3日寒くて4日暖かい日を繰り返しながら春になって行くのだろう?先日、日課としているウォーキング中に満開の桜の木を発見。この時期なら河津桜かな?と思って近づくと玉縄桜と記載されていた。一足先に咲く桜として河津桜は、有名だが玉縄桜なんて聞いた事が無い。早速、調べてみると鎌倉市の外れの玉縄城跡の地名に由来する桜で鎌倉市大船フラワーセンターで品種改良され鎌倉生まれの鎌倉育ち、早咲きの桜として平成2年に品種登録されたらしい。鎌倉に住んでいながら18年経って初めて知る早咲きの桜。ただただ鎌倉在住の私の勉強不足なんだろうなぁ~いやいや鎌倉観光協会ちゃんとPRしてんのかな?何て思い考えを巡らせながらまた一つ鎌倉への愛着が深まった。さて今回は、面白い位に不出来のピアノに遭遇したので今回はそれを記事にしたいと思います。

永年のお付き合いのピアノの先生から「私の友人のピアノの先生のお弟子さんのピアノが調子が悪くて困っていると言うのでお願いしていいですか?」と連絡が入った。「どんな調子なんですか?」と聞くと「知り合いから譲って貰ったピアノで鍵盤の戻りが悪くて弾けないらしいのね!毎年調律はしてるらしいけれど相談に乗ってあげてください。」といって連絡先を聞いた。毎年調律していて困っている?ちょっと嫌な予感を感じながら直ぐに連絡先に電話を入れると「すみません。鍵盤が戻ってこない所が沢山あって練習出来ないので宜しくお願いします。」私は「メーカーは、何でしょうか?」と聞くと「ちょっと読めないんですけど~うぅ~と、うなったまま固まったので」「頭文字を3つ位教えて頂けると。」というと「〇〇〇・・・」「あ~〇〇〇〇〇ですね!よく知っているピアノです。取りあえずお伺いしてピアノを見させてください」といって電話を切ったが嫌な予感は、見事に的中した。このピアノは、中国がピアノ生産を始めた初期のピアノで大手ピアノ販売店が大量に仕入れて販売していたピアノでした。弊社のお客様に何人か所有している方がいらっしゃるのであえて○○などど記載しますが個体差の激しい大層に手の焼くピアノです。早速、お伺いしてみると毎年調律しているにも関わらずめちゃめちゃに音が狂っている。機械(アクション)も湿気を帯びて動かない。当然、鍵盤も湿気を吸って動かない。これは、メーカー問わず湿度温度変化によってこの様なトラブルは起きますが、この乾燥している時期にちょっとおかしいなぁ~と思いながら作業を始めた。機械部分は、直ぐに修理が終えたが鍵盤の修理をしても一向に問題が改善されない。いや~何だろうと思いながら各所を確認すると元来鍵盤がスムースに動くためにフロントピンが88本打たれているがそのピンがビックリする位に適当に並んでいるというか、これだけ雑に打ち込んで気持ち悪くないのかなぁ?と想像を絶する作りの悪さにただただ驚かされた。つまるところ鍵盤裏の溝とピンの位置が合ってなくてそれが原因で鍵盤の戻りが悪い事が分かった。しかしこれは、製作過程でこの歪な状態は確認出来たはず言わば承知の上でだろうとすると、もはやピアノに対する愛情や誇りなど微塵の欠片も無いメーカーが製作した事は明らかです。いや今更何を言っても目の前に問題を抱えたピアノがある訳ですから我々調律師が少しでも愛情を注いでそれに対処するしかありません。本来ならばそのピンを全て正確な位置に打ち換える事が正式な対処法ですが、それには、費用と時間が掛かる。また良く良く見ると鍵盤の取付位置や高さや深さ角度なども適当、アクションのサイズもS/M/Lが混在して作られているのでどうにもタッチがおかしいし。もうこうなると全てを作り替えるか(笑)?しかしお客様にしてみれば譲って貰ったピアノに金銭的負担を掛けて大して良くならないとなると申し訳ないのでまずは、鍵盤の取り付け位置の修正と鍵盤調整をしてどうにかピンを打ち換えずに弾ける状態にして調律を行った。この記事を読んで頂いている皆様が新たにピアノを購入する時に多少なりとも参考にして頂けたらと思いその粗悪ピアノの問題写真と丁寧な作りの誰しもが認める良質のピアノの内部の写真を掲載しておきます。


高音部フロントピンが歪に並ぶのが見て取れる。低音部フロントピンの様子。88鍵全てがこんなこんな調子。

細部に渡り丁寧な作りのドイツ製ピアノ、ベヒシュタイン内部を見るとそのメーカーのピアノに対する思い入れが感じられる。

内部の些細部品も全て面取りがされ技術者の拘りが見て取れる。

先日、いつもお世話になっているヴァイオリニストから『私のお弟子さん宅の古いピアノのペダルが折れてしまって買換えを検討しているのですが、ご主人がお母様に買って頂いた愛着のあるピアノなので手放すよりは、修理が出来ないか?と仰っています。一度ピアノを見て頂けないでしょうか?』とメールが入る。早速、時間を合わせてお伺いすると年代物の2本ペダルのPRIMATONE。その昔、日本初のピアノ屋さん横浜元町大塚ピアノで販売された製造元シュベスターピアノの立派なピアノ。そのペダルがボッキリと根元から折れている。「どうしたらこれが折れたんですか?」と聞くと「この椅子が倒れて丁度ペダルに当たったんです。」とその指差す先に如何にも重たそうな頑強な椅子とやんちゃな笑顔のお子さんが(笑)!蓋を開けてピアノを弾くと音が狂っている。「あっ!結構狂っていますね。何時、調律されたんですか?」と聞くとお客様が「先月です(笑)。そんなに狂っています?」私は、答えに困って先生を見るとビックリした顔をしていたので笑顔を返して「ピアノ内部を見てみましょう」と言って内部の様子を確認した。毎年調律が入っていたので大きな問題は、無いが機械(アクション)の動きが悪い所が多数あるのとハンマーの変摩耗や鍵盤の調整は、全く手が付けられていなかった。私は、「ペダルは、簡単に交換出来ます。中身は、しっかりされているので大きな問題は無さそうですよ!取りあえず早急にペダルを取り寄せて交換しましょう。その時に調律と内部の悪い所を修理してまぁ~半日時間を頂ければちゃんとなりますよ!」と言うと「毎年調律に来る調律師さんがこのピアノはお子さんが練習するには古くてタッチも重いのでと言ってピアノの買い替えを薦めるんです。私も丁度ペダルも折れた事だしこれを機会に買い替えようと思っていたんですけど主人がこのピアノは、母に買って貰った思い入れの深いピアノだから処分するのは忍びない。行く行くは、オーバーホールして綺麗に修理したいと言うので先生に相談したんです。良かったわ~(笑)!」

新しいペダルに交換

PRIMATONE 50年程前にしっかりと製造されたピアノ

後日、お伺いするとお手伝いさんが出迎えてくれた。「奥様は、もう少しでお戻りになりますのでどうぞお上がりください。」と言って部屋に通された。まずはペダル交換。ペダルを取り寄せるにも現在は2本ペダルは無くばら売りも無く3本セットで仕入れた。ペダルの取り付け部の寸法が合わずにちょっと加工や取り付け位置を変更してついでに問題の無いもう一つのペダルも交換してピカピカのペダルが2本顔を出している。無事に交換完了(笑)でもしゃがみながらの力仕事で腰が痛い。次に機械の不具合を修理してハンマーの整形から鍵盤の調整や抵抗を調整して段々ピアノが蘇って良い感じになってくる。こうなると何だか楽しくなってくる。ここで調律を始めるとピンのトルクは適度に良くピアノが輝きだす。この時代のピアノは、良い作りがされているんだなぁ~と感心しながら楽しい時間が続く。途中奥様がお戻りになって「これからまた出かけなくては、ならないのでお金だけ先にお支払いします」と言って忙しそうにまたお出かけになった。整音段階では、部屋の響きに合わせて時間を掛けて良い響きに仕上がった。これくらい仕上がればどうよ!心でつぶやいて腰を押さえながら気分爽快でお客様宅を後にした。その夜お客様から「ピアノを弾いてみると綺麗な音になってタッチも軽くなって主人も音の響きが違うな特に低音の響きが美しいととても喜んでいます。ありがとうございました、今後ともどうぞよろしくお願いします。」と電話が入った。嬉しい電話に腰の痛みも吹っ飛びます。

今回紹介した粗悪なピアノは、初期の中国製であるが今では、中国がピアノ生産世界一となりました。最近の中国製は、随分良くなってヨーロッパやアメリカの有名ピアノメーカーそして日本メーカーも中国でOEM生産している。生産技術の進歩は、著しいと思うがピアノという演奏者の魂を芸術性を音で奏でて人々の感性を直接揺さぶる奥深き楽器ピアノを製造するには、ピアノに対する思い入れが何より重要になると思う。また、そのピアノのポテンシャルを最高の状態に引き出すピアノ調律師は、格別の愛情と芸術性が求められると私は考えます。それ故にこの歳になっても未だ日々感性を磨き勉強の積み重ねです。我々ピアノ調律師は、毎日色んなピアノに出会う。美人もいれば美人でないピアノやタイプじゃないピアノ。だから時折、超美人で好みがピッタリ、スタイル抜群のピアノに出会うと心躍り、普段はやらない様な所まで親切丁寧に手を入れて調整しちゃったりしちゃって(笑)!何時の時代でも美人は、徳をするんだなぁ~たとえそれがピアノであっても!

羊と鋼の森の映画、ピアノ調律の芸術性。

今年もあっという間に2月。今年は、インフルエンザ大流行で私も仕事始めの日から寝込んでしまい順番に家族全員仲良くインフルエンザの餌食になってしまった。新年のスタートダッシュも決められずにスケジュールも大幅に遅れ、治ったにもかかわらず何だか体調がすぐれない所に積雪。雪かきに追われてまた、数日後にまた積雪。山の上に住んでいると夏は、涼しくて良いのですが冬は、寒くて街ではわずかな雪が我が家では、大雪になります。こんな時に思い出されるのは、4年前の大雪です。2月に2週続けて週末に雪が積もりました。その年は、4月から消費税が8%になるので3月31日までにピアノを納品しないと消費税が3%がアップする訳です。ピアノ代金の3%は、どれも万単位ですから事は、深刻です。納品が4月にずれ込んだだけで万単位のお金をお客様に追加請求するのも納得して頂けないというかお互いに気まずいので運送屋さんに必死で納品に駆け巡って貰った事を思い出します。さて今回は、近々の出来事でピアノ調律師の芸術性について記事にします。

1月2月と学校の調律の時期になる。病み上がりの体調で寒い体育館での作業は、体に堪える。特に今年の寒さは、異常で例年6℃やら8℃ですが今年は、3℃という所があって思い通りに動かない指は、寒さを超えてもう痛い!耳たぶは、凍ってしまったかな?と思う位に感覚が無いし鼻水は出るわトイレは、近くなるわで来年からは、手袋して耳当てして?・・・耳当ては、音が聞こえにくくなるからダメか?なんて集中力を欠いて違う事を考えながら作業すると無駄に余計に時間が掛かってかえって逆効果。それでも寒さに震えながら完璧に作業を終える。2月もあと数校行かなければならない。今回は、ピアノ調律師の芸術性を記事にするつもりでしたが、調律師は、過酷な仕事です(笑)。

2月の初めに弊社の倉庫に100年前のスタンウェイO型グランドピアノが入って来た。海外から搬送されて木枠梱包されて入国したのですが、どうやら海外の梱包業者の不手際で色んな所が壊されていた。まぁこんな事は、よくある話なのでどうって事は、ありませんが入庫した時は、グチャグチャに音がずれていたのに数日経つとピアノも落ち着きを取り戻してズレた音が元に戻って来て何とも伸びのある綺麗な音を奏でてくれる。我々が良く触るメーカーのピアノとは、あからさまに音色の豊さが違う。もちろん弦やハンマーなど交換修理は、されているが外装は、そのままである。誰でも弾いてみると直ぐに違いが判るが言葉で伝えるのは、大層に難しい。人により好みもあるが、良い音のピアノは、一言で言うと芸術性が違う。アカデミックな世界なのです何て書き込むと余計に分からなくなってしまいますが本人は、至って真剣です(笑)!

数年前に年間の本屋大賞に輝いだ「羊と鋼の森」が映画化されて今年の6月に公開上映される。この本は、出版されて直ぐに読んだが、本業の我々からすると皆さんに理解して頂けるだろうか?これで面白いと感じて頂けるのかな?と感じたが、大賞を取り遂には、映画化されて見事に予想を翻した結果となりました。この小説は、若いピアノ調律師がピアノの奥深い世界の魅力に引き込まれて、その成長の心境を描いた本であるが正にその音の奥深さが芸術性だと思います。我々ピアノ調律師は、88鍵全ての音を合わせますが1つの音に3本の弦(低音部は2本・1本)を綺麗に合わせます。全ての音程を合わせ、全ての張力のバランスを取って、全ての音色を合わせる。88鍵全て同じ様にバラツキが無い様に丁寧に合わせます。そしてその音色の深い所に芸術性を注ぎ込むのがピアノ調律師の仕事です。よくピアニストが調律師によって音が全然違うと言っているのを耳にすると思いますがその違いは、芸術性の違いだと思っています。即ち我々ピアノ調律師は、常に芸術性を高める努力を怠っては、仕事にならないという事になります。この芸術性を高めるには、音楽だけでなくてあらゆる面でその感性を磨かなければそれは、育ちません。何事にも興味を持って健康で好奇心旺盛でなくてはなりません。ここピアノ調律師を取り上げた物にBS NHKだったと思いますが、「もう一つのショパンコンクール」や数年前には、「ピアノマニア」という映画いずれもピアノ調律師のお話。調律師の世界を描いた作品です。昨年、多くのお客様より「この前、もう一つのショパンコンクールというのをテレビで見ましたよ。面白かったですね~舞台裏では、あんな大変な事をしていたんですね~」と随分お話が弾みました。ショパンコンクールに参加出来るピアノメーカーは、4社でその内3社の調律師が日本人なのです。もちろんYAMAHA・KAWAIは、日本人であたり前ですが、イタリアのファツィオリも日本人。世界の檜舞台で活躍する日本人技術者達の苦悩を取材しショパンコンクールの舞台で繰り広げられるピアノメーカーの厳し過ぎる戦いを見事に描いたドキュメンタリー番組でした。さすがNHKテレビの影響は、凄い。そしてもう随分前になりますが「ピアノマニア」という映画が公開されました。メジャーの映画館では、公開していませんでしたが、それこそピアノ好きのピアノマニアや音楽関係者が小さな映画館に押し寄せた。類にもれず私も仲間と観に行きました。著名な一流ピアニストの高い要求と抽象的な注文に著名なドイツ人調律師が如何に応えるかを描いた映画です。映画が終えると回りの観客のピアノの先生だろうな?音大生かな?と思われる人達は、ニコニコと「面白かったわ!」とか「勉強になったわ!」と話をしていたが、私は、自分にあの要求を出された時にどう対処するだろうなどと考えながら観ていたのでもうヘトヘトに疲れて一緒に行った仲間に「あの要求をどう対処したのかの映像が無かったな!どうやったんだろう?」ピアノ技術談義が始まったのを覚えている。何れもとても面白い映像ですので皆様も機会がございましたら是非ご覧になってみてください。ピアノを別の切り口で描いた奥の深い作品です。そして今回は「羊と鋼の森」です。今回は、何だか映画の宣伝の様な記事になってしまいましたが、もちろん私が出演している訳でもないし製作に関わった訳でもございません。その証拠に本は、読みましたが映画は、見ていません(笑)!何でも主役に山崎賢人・先輩調律師に私のお気に入り西郷どんの鈴木亮平だそうな。本の内容からして艶っぽい所が全く無いのは残念でならないが(笑)!奥の深い芸術のお話が見事に描かれているのでは、ないかなと思います。まぁ~鈴木亮平の凄腕調律師の演技はちょっと楽しみ!「いや~何だか無責任やな~!」とクレームが聞こえて来そうですが!是非良い映画に仕上がっている事を心より願っています。

 

 

 

 

 

Kamakura piano artistry corporation | Tel : 0467-47-1502

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