ピアノデュオで誘う3つの音楽という都内音楽大学在学生によるチャリティーコンサートが昨日9月12日に開催された。実は、昨日の事であります。2台ピアノのコンサート調律は、当然2台の調律をやらなければなりません。その作業の中で久々に作業をしていてアクシデントがあったので若い調律師の方々がこの先、経験するであろうこの様な出来事を気持ちの上で参考にして頂ければと思い忘れないうちに書き記したいと思います。
ある日と言っても6月か7月位に、友人から電話で「9月12日に娘が出演する2台ピアノのコンサートがあるんだけど。どなたか安~く調律やってくれる人紹介してもらえませんか?」と僕は、「9月12日は、大丈夫だよ僕がやってあげるよ」と答えると「いやいやそれは、安心だけど実は、予算がないんですよ。」よくよく話を聞くと全て学生が企画から開催まで取り仕切って開催するので通常の家庭のグランドピアノの調律料金しか用意出来ないとの事でした。僕の友人は、この手の交渉事にすこぶる長けていて過去何度もこの手に乗せられているのだが、まぁ~彼の娘が出演するんだからと気持ちよく引き受けた。9月の本番近くに娘から当日のタイムスケジュールが送られてきてそれを見ると9時から11時30分までに2台の調律。リハーサルを11時30分から13時15分まで13時15分から13時45分まで調律。開場は、13時30分と記載されていた。これが冬だったりするとピアノが温まるまでの時間が掛かるし真夏だったらピアノと会場が冷えるのに多少の時間が掛かるがまぁ問題の無いなと綿密に決められたタイムスケジュールを見て、彼女が真剣に取り組んで父親譲りの実行力を発揮奮闘する様子が伺えて何だか微笑ましく頼もしくも感じた。彼女たちも9時に会場入りするとの意気込みに僕は、「調律の邪魔だし、ただ待っているもの緊張が募るだけだから11時入りしなさい」と申し伝えた。頑張っている友人の娘の為に当日は、一日付きっきりでサポートだなと覚悟を決めた。
当日、8時50分に会場入りすると舞台に2台のピアノを設置している最中だった。スタインウェイのフルコンサートピアノとヤマハのフルコンサートピアノである。早速、温度を測りそれぞれのピアノを弾いてみるとスタインウェイは、2日前に調律が入っているので大きな狂いは無い物のピッチが少し上がっている。ヤマハは、ピッチは440Hzと下がっていて、ここ3週間は、調律が入ってないとの事でかなり狂っている。とにかく2時間半で2台のピアノを調律を終えなければならない事と2台がピッタリと合ってなくてはならないので急ぎ作業を始める事に。まずは、メインピアノのスタインウェイから調律を始める。A442Hzにピッタリ合わせて何ら問題なくなくサクサクと作業を進めていくと次高音部あたりからは、かなり音程が高くなっているので下げ調律を強いられる。低音部も最低音部がかなり高くてバランスを取りながら作業をして最後に総仕上げをして1時間ちょっとで作業を終えた。順調順調、時間配分も完璧だな!とルンルン気分でヤマハに取り掛かる。ホールスタッフから最初に「2日後からヤマハは、メンテナンスに入るんです。高音部に雑音が入るとクレームが寄せられています。」と報告があったが2Hzピッチを上げる作業で順調に作業も進み最後の仕上げ段階に入ろうかなと思った所、バ~ンと高音部の弦が断線した。「ガ~ン!いや~まいったなぁ~」僕は、心でつぶやいた。同時に時間を見ると11時10分。「まぁ低音の巻線じゃなくて良かった、弦交換すれば問題なし」と心を落ち着かせて、あと20分で作業を終えなければならないがこうなったらしょうがないとまずは調律を終わらせて、地下駐車場に向かった。我々は、常に数台分のピアノの弦を車に積んでいる。こんな時に限って出入り口からかなり遠い所に駐車している。こんな時に限ってエレベーターがなかなか来ない。不思議なものですが世の中そうしたものなんでしょうね。早速、弦の巻いている状態を確認してみると3.7巻きで弦が張られていた。ちょっと不思議に思って周りの弦の巻口を見てみる4回巻きから3回巻きなどバラバラで今まで相当に弦を交換している事が伺われる。しかしピンの高さは、見事にそろっている。断線する前と同じ状態に戻す事にして切れた弦を取り外しコイル巻きの方法で弦を交換した。しかし問題は、交換した弦は、新しいので弦が張力によって伸びるので演奏中に音が下がってしまう。僕の全体重をかけて入念に入念に弦をしごき伸ばして音を合わせて11時30分ピッタリに作業を終えてホットした途端に疲れが押し寄せた。
リハーサルが始まり2組4人が交互に真剣に演奏を始めると生徒の先生がやってきて色々とアドバイスをしている。2台ピアノの特徴として自分が弾いている音より相手の音の方が大きく聞こえたり、自分の音だけを聞いて相手の音が聞こえなかったり、また、客席では当人達の想像とは別の音になっている事もしばしある。演奏中に演奏者が客席に聞きに行く事が出来ないので2台ピアノは、第三者の指導と助言が特に重要になる。もちろん二人の息が合わなければ話にならない。だから兄弟、姉妹、双子の姉妹や夫婦が圧倒的に多い。世界で有名な女性ピアニストと男性ピアニストの2台ピアノの演奏を聴いた事があるが両者の主張が強くて平坦な音になりバランスの悪さ際立ち残念な演奏になってしまった事があった。連弾なら良いのだが名ピアニストが揃っても2台ピアノは、特に難しい。
13時10分に「何分まで弾いても良いですか?」と聞くのでリハーサルの音を聴いていてさほど問題がなさそうだったので「13時25分までだね」と言うと嬉しそうに「ありがとうございます」と緊張した顔に笑顔が戻った。13時25分からまずは、切れた弦の所を確認してみるとさほど音が狂っていない。今回は、たまたまあまり使わない音だったらしく本番には、まったく差し障りが無い事が確認できた。ヤマハの方は、ユニゾンの狂いが幾つか出ていたがスタインウェイは、殆ど問題無く2鍵程わずかなユニゾンを揃えた程度で準備が終えた。
本番の演奏は、ブラームスのハイドンの主題による変奏曲とラヴェルのラ・ヴァルスと僕の大好きな2曲が含まれていた。ヴァルスに関しては、2台ピアノでは無くて1台4手の演奏だったが、懸命に演奏する姿は、若さに溢れていて華やかで好感が持てた。前半が終えて休憩中に2台のピアノのチェックをするとヤマハの交換した弦の音と幾つかのユニゾンがほんの少し狂っていたので修正したがスタインウェイに関しては、取り立てて修正箇所は、無かった。さすがスタインウェイ最高のピアノです。後半に友人の娘が、出演してその美しさと迫力のある演奏に会場の雰囲気が一変した。特にラフマニノフの組曲第2番では、スタインウェイを見事に歌わせていて、その演奏を後ろ舞台袖から聴いてほっと胸をなで下ろしたと共に妙に嬉しかった。
最後にコンサートが終えて、ホールに断線の報告をして僕の仕事がやっと終えました。コンサート前の調律で弦が切れた事は、過去3回ほどあります。何れも弦を交換して事無きを得ましたが、これがBass弦だったらどうしよう。幸いな事に今までは、経験がありませんが今後も経験しないことを切に願います。世界的有名な先輩調律師の瀬川さんに「今までにコンサート前にBass弦切った事あります?」と聞いたら「あるよ~」と即答。「で、どうやったんですか?」と聞くと「そのホールに同じピアノがもう一台有ったからそのピアノの弦外して使ったの」との答えに僕は、「もう一台無かったらどうしたんですか?」と聞くと「有ったのよ~」と笑って答えてくれた。