袖触れ合う縁に恵まれて。

2024年も気が付いたら3月31日。昨日から晴天に恵まれ気温は、まるで夏日。鎌倉の道行く人は、早くも、半袖・Tシャツ・ノースリーブの外人女性が居るかと思えばコート姿にロングブーツを履いたお姉さん。この気温の変化に何を着て良いのか分からない状態が伺える。だんだん天候も極端になって季節の移り変わりを存分に楽しむ風情が失われて行く気がする。そんな中、何だか慌ただしく仕事に追われて暑いの寒いのと言ってられない大忙しの様子を簡単に書き記したいと思います。

お客様から電話が入った「○○と申します。ご無沙汰しております。お元気でしょか?コロナで調律が随分空いてしまったのですが、またお願い出来ますでしょうか?」「お~○○さん、ご無沙汰です(笑)ありがとうございます。もちろん喜んでお伺いさせて頂きますよ。」と伝えると「昨年2階に置いてあったピアノを1階に下ろしたんです。そうしたらめちゃめちゃに狂って来て押しても二つ叩いてるみたいでピアノが壊れちゃってるみたいなんです。」と悲痛の声。「あれれ、それは大変です。まぁ~お伺いすれば大丈夫ですよ。」と言って日程を打ち合わせて早速お伺いした。

お客様のピアノは、奥様が子供の頃から私がずっと調律にお伺いしているピアノでご結婚されて新居に運んだ慣れ親しんだピアノです。ご実家のお母さまは、ピアノが無くなると寂しいとその折に自動伴奏装置付きピアノを弊社でお届けして生ピアノの音を楽しんでいらっしゃいます。長いお付き合いでどちらのお宅にもお伺いさせて頂いてます。早速ピアノを弾いてみると確かに一つの鍵盤を押しているのに隣の音が一緒にしている。あれ!一緒にとなりを叩いてる様なタッチの違和感ではないなぁ~とピアノを開けて見ると。その音だけ極端に半音位音が下がっていた。慌ててチューニングハンマーでその弦を引き上げて合わせるとピンのトルクが緩いが留まらない訳じゃないが明らかにトルク不足。あ~乾燥だ!全体のピッチもかなり下がってる。「ここは、床暖房は、あるんですか?」と聞くと「いいえ無いんですよ!」「じゃ~暖房は、何を使ってます?」「あそこのエアコンです。」ピアノのすぐ横は、台所。エアコンの風がこの角に溜まるんだろうと想像がついた。「じゃ~とりあえず調律に取り掛かりましょう!」と言って作業に取り掛かった。湿度計をピアノの角にセットしてピッチ上げに取り掛かった。ずっと私か管理したピアノなので隅々まで良く解ってるピアノ。チャンチャンと作業が進んでアクションの緩んだネジを全て締め付けてあの下がった音のチューニングピンは、少し打ち込むだけでどうにかトルクが出て来た。仕上げの調律にも十便に神経を使って全てに気配りをしながら綺麗な音に仕上がった。作業中は、部屋の温度を普段の状態にしてもらっていて24℃で湿度は、なんと16%。これじゃ人間もカラッカラになっちゃうよ!加湿器の設置場所などをアドバイスして様子を見る事にした。別のお宅でも同じ時期に同じように過乾燥に見舞われたピアノを調律した。そこも同じく室温23℃湿度24%。エアコンの吹き出し口の設定と向きそして加湿器の置く場所などをアドバイスしてどうにか過乾燥を防ぐ対策をご提案するが加湿器に毎日水を入れ続ける事は中々難しい様で中々続けられないのが現状ですがどうにか暖房の時期だけはと強めにお願いした。昔の隙間風当たり前の寒い一軒家では、こんな事全く無かったなぁ~なんて昭和が懐かしく思える今日この頃でありました。

そうこうしていると、とある会社から水が漏れてピアノに掛かったのでどうした物か相談に乗って欲しいと電話がはいる。よくよく話を聞くと外壁洗浄の時にエアコンの配管口から汚れた水が部屋に入り込んでピアノから家具や衣類に床まで水浸しになってしまったらしい。「大丈夫でしょうかと言われても現物を見ない事には何とも判断しかねますね~。もしよろしければ見に行きますよ。勿論、料金は掛かりますよ!」と伝えると二つ返事でお伺いする事になった。結論から申し上げると結構な量の汚水がピアノに掛かったがピアノ内部には少量しか侵入しておらず大したダメージはありませんでした。が床とか色々と諸事情がある様で部屋の工事をするのにピアノが邪魔になるので工事期間中に弊社で預かってその間ピアノの外装や内部に渡り今回の汚水の影響を全て綺麗に修復するという事になった。

過去に何度か河川氾濫で汚水に浸かってしまったピアノの見分や修理の経験があったのでメーカーにも寄るが大方被害の予想は付くつもりでいます。ただ今回ちょっと驚いたのは、汚水の泥が底板に溜まった形跡があった事です。エアコン配管口ですから大した水量ではないはずですがピアノの天屋根丁番から侵入して弱音フェルトにポタリポタリはじかれて幸いにもアクションには、かからずに鉄骨響板にしぶきを当てて底板に溜まると言った具合です。ちょっとマニアックで調律師にしか分からないかも知れませんが要約するととってもラッキーな事にピアノの一番上の丁番から汚水が侵入したが弱音フェルトに守られて内部の機械は、濡れずに駒も無事で致命的な被害を免れた。しかしその汚水は、ポタリポタリの長時間鉄骨を伝ってピアノの底の部分に溜まっていたと言った感じでしょうか。早速、ピアノを引き取って弊社倉庫に入庫した。最初の見立て通り響板・鉄骨泥しぶきに底板の汚れを掃除する為にピアノを解体して寝かせて作業に取り掛かる。流石に被害にあって間が無いので汚れ落としも簡単で作業に苦労は全くなかった。あえて言うならば、ここ数年調律を怠っていた様でかなり音が下がっている事と整調もガタガタ。何度かに分けて調律・整調を繰り返しフェルトの交換や内外装の掃除に磨きとやる事は山の様だったが完璧に作業を終えた。

そんなある日、電話が鳴って出ると女性の方で「横浜の○○と申しますが古いドイツ製のシンメルというグランドピアノがあるのですがかなり傷んでいる様なので使えるようになるものか?それには、いくら位掛かる物なのか一度見に来て頂けないでしょうか?」私は「初めてのお客様ですか?どなたのご紹介なのでしょう?」とお聞きすると「以前、旅行会社のクルーズ船説明会でお会いして担当者の紹介でお会いして名刺頂いたんです。」私は、すっかり忘れていましたがその説明会の事は、よく覚えていました。「その時に私が名刺を渡したんですか?」と聞くと「ええ、古いシンメルがあるとお話したら何かあったら是非にと言って名刺を頂いたんです。それから随分経ちますがずっと名刺を持って居ました(笑)」もう17~8年前の出来事で旅行会社の担当者が私のお客様でそのつながりで参加した遠い昔の出来事。「いや~随分前ですね。担当者○○さんですね!ずっと覚えて頂いてありがとうございます。是非お伺いさせてください。」と言って早速お伺いした。

過去にシンメルのピアノは、グランドピアノもアップライトピアノも結構な数を数年に渡り管理した事があった。ドイツ最大のピアノメーカーで品質も良く安心して調律できるピアノでデザインが良くて兎に角、綺麗でおしゃれなピアノそんな印象のピアノで何の気負いも無くルンルン気分でお伺いした。ところが私の知るシンメルより更に古く見た事の無いタイプのピアノでした。音は、めちゃくちゃに狂っていて鍵盤も動かない上がってこない所が沢山あってかなりひどいコンディション。これピッチ上げると弦切れそうだなぁ~なんて思いながら色々見て行くとその構造や面白い仕掛けが有ったりでワクワクドキドキのブギウギ状態になって「よし!オジサンが良い音にしてあげましょう!」てな感じで状況をお客様にお伝えして直ぐに作業に没頭した。音楽家でもないお客様が昔このピアノを新品で購入したというが当時、いくらしたんだろう?さすがに大金持ちは、凄いなぁ~とか色んな雑念が頭をよぎったが作業工程が多岐に渡ってかなりの時間を要するので集中して作業に取り組む事にした。

鍵盤の調整から機械部分の修理や調整にかなりの時間を取られたが中々良く作られたピアノで手を入れるとどんどん良くなって来る。なによりドイツ製ピアノのネジ類の品質の高さは、ちょっと例えようがない位に良くてどんなに古いドイツピアノで私は、未だネジ切れ経験がない。逆に日本製は、良く折れる。日本製は、ネジを木材の中でサビさせてゆるみを抑える、まぁ~大工がくぎを口にくわえる製作理念だからとか色々言われるが修理する時に日本製ピアノでネジがポキッと折れるとまさしく心もポキッと折れる。折れたネジを取り出す重労力に加え新たに埋木をして新しいネジを入れる。たった1本のネジを新調するのに何日も掛かる、いや実際には、1本折れると大体3~4本は折れるのでただただ余計な仕事と膨大な無駄な時間が掛かる。それがドイツ製には無いとくればやっぱりドイツ製ピアノは良いとなる。何だか大きく話がそれたが初めて触るタイプのドイツ製ピアノに出会うと調律師は、ワクワクドキドキするって事で5時間余りの作業も疲れて面倒臭くもあるが綺麗な音に仕上がって蘇ったピアノを横に「どうよ、相当良い所まで蘇っただろう!」語り掛けると大きな図体のピアノのロゴがキラリと輝いで見えた。袖触れ合う縁が取り持ったこの出会いに心より感謝して蘇った音色に至福の時を噛みしめた。