ピアノ調律師の地味な修理

9月も半ばを過ぎると随分涼しくなってきたが今日はとても暑い!あのうだるような7月8月の異常な暑さを思えば随分楽になったがあの暑さは生々しく記憶に残りそうだ。今回は、暑さの中汗にまみれて地味な修理作業の様子などを記事にしたいと思います。

弊社で新品のアップライトピアノを購入されて25年程経ったお客様のお話です。ピアノが大好きで熱心にピアノを弾く奥様。ここ数年は、毎年の調律の時に「鍵盤を強く叩くと音がコンコンと数回鳴るんです。」直りますか?と言われてその都度調整をして対処していたのですがいよいよその対処も限界が来てしまった。昨年の冬の調律の時に「前にもご説明しましたがハンマーバットのキャッチャーのスキンが劣化して擦り切れて良く使う所は、とうとうスキンが無くなってしまいました。思い切って張り替えないとなりません。」と告げると「交換には、如何ほど掛かるのですか?」と聞かれたので「う~ん4万円ですかね~。修理期間は、1週間は、掛かると思います。ですから、ご旅行に行かれるとか実家に帰るとかピアノを使わないタイミングがあればその時に修理したら良いのではないでしょうか?」と告げると「結構かかるのね~そうね、これからだと暮れかしら・・・」「いやいやお正月だけは、勘弁してください(笑)」「そうですよね~(笑)(笑)それでは、その時にお電話さしあげるわ」「了解しました」といった具合で連絡待ちとなりました。通常ならばその連絡待ちのまま何年も過ぎて行くのですが今年7月の初めにお客様より「8月に長期で出かけるのでその間に修理をお願いする事は出来ますでしょうか?」と電話が入った。スケジュールを調整して7月末にアクションを引き取り9月の初めにお届けする事に決まった。

ハンマーアセンブリを取り外す作業取り外すと凄いカスが表れた

このピアノは、KAWAIの最高機種で購入時に浜松より数台取り寄せて調整をしてメーカー倉庫にお客様とその友人のピアノ講師の方と共に出向いて弾いて一番音タッチの良い物を選定してお届けした思い出深いピアノです。しかしこの時期のKAWAIのキャッチャースキンは、どうも素材が少し良くなかったらしく同じ現象のピアノが多くみられる。そこそこピアノを弾く方なら調整で問題なく使用できるのですがハードユーザーさんに対しては、交換する以外は、方法はありません。このお客様の場合は、中音セクションでは、ほとんどのスキンが完全にすり減って機能していない。そしてそのすり減ったスキンのカスがアクションにへばりついていてもう簡単には、除去できない状態。加えて情けない話ですが、私は、このスキンを交換した経験はただの一度もありません。早速、メーカーの友人に問い合わせると「あ~あれですね~あれは、交換しかないんですよね~(笑)」私は、「あれってアセトンとかで簡単にはがれるの?」「いや~どうでしょう?どうやるんでしょう?」と言うので「交換した事ある?」と聞くと「いや~ないんですよ~(笑)。」「工場に問い合わせてみますのでちょっと待っててください。ついでに他の技術者にも聞いてみます。」と言って電話を切った。数時間後に律義な彼は、色んな所に電話をして調べてくれていた。「先程は、お役に立てずに申し訳ございません。工場に問い合わせた所、短い期間でしたがあの時期使用したスキンは、湿気が多くて使用頻度が多いと劣化するんだそうで個体差がある様でその場合は、交換するしかないそうです。そして工場では、そこだけの交換はやったことが無いそうです。色々他の技術者に聞いてみましたが交換の経験を持つ技術者がだれも居なくて地方の部下の技術者に聞いたら調べてくれて何台か交換経験のある工房が見つかってその人曰くアセトンとかシンナー系では、全く剥がれないそうで地味にやすりで剥がすしか方法は、無いそうです・・との事です。」「88本やすりで剥がすの?随分時間と手間が掛かるね~どう手伝いに来る(笑)?」「いや~どうやったら早く出来るか教えてください(笑)」と言って逃げられてしまった。キャッチャー部分を削り終えた状態

アクションを引き取る前に取敢えず新しいスキンを仕入れておかないと材料屋さんも夏休みがあるだろうし弊社も他に修理や仕上げなくてはならないピアノもあり仕事は山積み状態。一番高いスキンで交換した事がすぐわかる様にこげ茶色を2台分程仕入れた。そして取りあえずアセトンで試してダメならばと小型ベルトサンダーを新調した。88本やすりで剥がすよりは、近代工具を使って効率を上げて仕上げを手でやる事にした。準備が整いアクションがやって来た。分解していくと削れた皮が粉の様になっていたる所に接着剤と共に細かな所に付着している。「こんな所まで埃だらけになって可哀想に・・おじさんが綺麗にしてあげるからね~」と誰かに聞かれるとバツの悪い事を口にしながら早く新調した小型ベルトサンダーを試したい逸る気持ちをどうにか抑えた。まずサンプルとして使用頻度の低い場所の部品をアセトンやシリコンオフで剥がれるか試してみたが全く剥がれずじまいだった。「お~やはりダメか~じゃ~近代工具の出番だな!」と独り言をつぶやいて楽しくなってきた。綺麗に張り替えが終え掃除も終えて組み上がった状態

まず、いらなくなった部品数本を引っ張り出して試してみる。最初は、力の入れ具合や角度で歪に削れたり剥がすのに時間が掛かったりしたが、あっという間にコツを掴んでさぁ~本番とお預かりしたアクションに取り掛かる。さすが近代工具の威力は凄まじく1本あたり数秒で見事に剥がれてどんどん作業は進みあっいう間?と言っても1時間は掛かるが88本剥がし終えた。その後、手作業で細かな所をやすりとカッターと使って綺麗に仕上げたがその方が圧倒的に地味で時間が掛かる。あらかじめ適正寸法に切断していた新しいスキンの接着に入るが平らな面とアールの面に構成されているので2日間に分けて接着して圧着した。その後、仕上げの裁断作業も踏まえアクションに取り付けその前にアクション全体の掃除をしてと細かな地味な作業を終えてお届けした時に再度整調をして全て完了となる。暑い中汗だくになって夢中になって仕上げたが、アクション引き取りから修理にアクションのお届け設置後の調整とこの手間と時間を考えるとちょっと安かったかなぁ~!綺麗になったアクションを眺めるとピアノも喜んでるしお客様も弾き心地が良くなったと喜んで頂いたから、まぁ~良いか(笑)!写真では、とても綺麗だが傷だらけ写真では、綺麗に写るがけ欠損部品が腐食が進みこれを新調するのは、ちょっと大変

そんな中、友人の不動産屋の社長から携帯に電話が入る。「今、お客さんの所なんだけど外国製の綺麗ないらないピアノがあるんだけど引き取ってくれない?」と頼まれた。早速、見に行くと「来月、家を解体するんだけどその前にピアノ出して欲しいんだけど」と話をしながら家の中に入るとありとあらゆる荷物と家具に囲まれて部屋の片隅に1台のアップライトピアノが窮屈そうに姿を見せてる。スピネットに自動伴奏が付いたボールドウィン(アメリカ製)である。友人は「外国製て言ってるけどどう値段付く?」中身を見たいが部屋をかたずけないと見れない。「う~これは、引き取っても困っちゃうね(笑)」「どうにかしてくれよ!」「まぁ~値段は、付かないよ!引き取るだけになるけど無料で引き取りになるかな!」と言って後日引き取ると。湿気というか結露で内部の金属部がサビサビでドロップアクションの特殊な形状の主要部品が沢山欠落している。そして鉄骨とピン板に大きな亀裂が見つかり結局の所、無理してお金を掛けて修理しても商品にならないなぁ~と判断して泣くなく処分する事にした。無料で引き取ったと言えども運送代は掛かるし廃棄代も掛かる。あ~大損だぁ~!まぁ~商売をしているとこんな事もあります。今回は、何だか儲からなかった話にマニアックな話になってしまいましたがこれも今年の異常な暑さのせいだと思ってどうぞ勘弁願いたい!