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傷ついたピアノ

4月も半ばになってすっかり暖かくなり気持ちの良い日が多くなりました。倉庫のピアノを出し入れする度に外で舞い散る桜の花びらが倉庫に侵入してその度に掃除機で掃除。ピアノの出入りが多いこの季節は、忙しいが掃除機を手にするにも何だか気分が晴れやかだ!今回は、ピアノの大敵、湿気で傷んだピアノの事などについて書き記したいと思います。

お客様より「長年使っていないグランドピアノがあるのですが調律をお願いします」と電話が入る。「何年位調律やっていないのですか?」と聞くと「前に住んでいた方が持っていたピアノで良く判らないですね」と「メーカーは、どちらでしょうか?」と聞くと「YAMAHA・KAWAI・・・う~んYAMAHAかな?」と色々とやり取りをして日程の打ち合わせをしてお伺いしました。お伺いすると門から家まで40~50m?ビックリの大邸宅。家に入ると30畳以上はあろうか?大きなプレイルームの片隅にのグランドピアノが鎮座している。古い家を改築して以前の持ち主が置いていったピアノで中を見ても調律記録もない状態。製造番号から50年前のG3で音も半音以上は、下がっている。お客様曰く「2日後にここでピアニストを呼んで家のお披露目パーティを開くのでその時に取敢えず弾ける状態にしてください。もしピアノがもうダメなのならその後に考えますから」と言うのでとりあえずピアノの状態を観察した。ピアノを見てみると全ダンパー(音を止める装置)が不良。機構は、ちゃんと動いているが音がちゃんと止まらない。もっとよく見てみると響板がバックリ4本割れている。写真では、分かりにくいのですが鉄骨の下も割れている。ピッチの下がりは、このせいだなと理解出来たが「お客様、いや~参りましたねぇ~響板がこんなに割れているので大掛かりな修理が必要ですよ」と伝えると「2日後にどうにか使えれば良いのでお願いします。」私は「ピアニストが満足する様には無理ですね~もしよろしければ往復の運送代が掛かりますが私共の調整済のピアノを無料でお貸しますのでピアノを入れ替えて修理されては如何ですか?」との提案に「そうしましょう!」と早速、数社の運送屋さんの手配を試みるがなかなか今日の明日と言う仕事は、難しい。お披露目会パーティの早朝に入れ替えして事なきを得た。その家は、ピアノの鍵盤側のすぐ後ろの建具の中に大型のエアコンが収納されていてその吹き出し口がもろにピアノに向いている。距離にして1メートル。30畳以上の部屋をこのエアコンで温めているのですからピアノは、カラッカラに乾いて木が縮んで響板が割れた訳です。ピアノは、湿気に弱いと言いますが加乾燥は、致命的なトラブルになります。近年、全室エアコンや床暖房で一般家庭でも加乾燥によるトラブルが多くなっているのも快適な生活を送る為の便利機器が普及したせいだと言えます。

 

次に紹介するのは、加湿度の地下室に設置したグランドピアノです。友人から「昨日、飲んでて友達の奥さんがピアノの先生なんだけどピアノの調子が悪くて困ってるんだと誰か良い調律師知っていたら紹介してくれる?と相談されたんで梅根さん紹介するって言っちゃったんだけど行ってくれる?」と電話があった。「いいよ~!」と二つ返事で行く事に。行ってみるとレッスン室は、地下室で入ったと同時に湿度を感じる。ピアノは、ちょうど一年前に調律されていてピッチが上がっていてA444Hzある。先生は、「子供の頃からずっと同じ調律師にやって貰っているんですが調律しても直ぐに音が狂ってタッチも重たくて困っているんです。買い替えるにももうこの歳じゃ今から新しいピアノも考えられないしどうにか良い状態になってくれればとセカンドオピニオンで申し訳ないのですがお願い出来ますか?」私は、調律記録を見て購入当初から40年毎年同じ調律師にやって貰っている。ベテランの私より一回り位年上の名前を聞いた事のある調律師だった。お客様は、「実は、2度ほど他の調律師にお願いした事があるんです。一人は、調律しても酒場のピアノみたいになって全然だめでした。そして数年前にあまりに調子が悪いので講師仲間に紹介してもらってお願いしましたが、やはり気に入らなかったので昔からお願いしてる方にやって貰っているんです。」私は、ピアノをよく弾いて確認してみるとピッチが上がっているがアクション(機械)に不具合が無いのでコントロール出来ない湿気では無いなと思ったが音がベッタリと、とに角響きが悪い。これは、ハンマーが変摩耗してるな!と思いアクションを引き出して見てみると全てのハンマーに見事に深~い弦溝が刻まれている。それに鍵盤の動きがぎこちない。これじゃ~良い音なんか出ないな!調律記録には、ここ数年の作業に整音と書かれているがちょっとこれは・・・と困惑した。しかし色々と問題はあるがピアノ自体のポテンシャルは高いと感じた。「ちゃんとフルメンテナンスをすればいい状態になりますよ。ただそれには、時間と費用が掛かりますが・・」費用や時間の事を伝えると先生は「今日は、この後にレッスンが入っているし今日は、調律だけでお願い出来ますか?そして中身のメンテナンスは、費用の事もあるので主人と相談して後日でも良いですか?」と言うので「もちろん大丈夫ですよ。」とその日は、でA442Hzにピッチを下げて整調(機械の調整)をやって仕事を終えた。先生は「わ~綺麗な音になったわ!」と喜んで「メンテナンスの日程は、まる一日開けられる日をご連絡します。」とにこやかに先生宅を後にした。その後、先生から電話は掛かってこなかった。

翌年になって調律の時期になったので恐る恐る電話をしてみると「もうそろそろかな?とお待ちしておりました。メンテナンスやると言って中々時間が取れなくて一年経ってしまいましたが調律と一緒にメンテナンスをお願いしたいんですが?」と私は、「ピアノの調子は如何ですか?」と聞くと「毎日、とても気持ちよく弾いています。メンテナンスするともっと良くなるんですか?」と聞くので「ビックリする位変わりますよ!楽しみにしていてください。」と伝えて後日お伺いした。ピアノは、ピッチも下がっていなくて音の狂いもわずかであった。湿度が高いとピッチが上がるがこの程度なら音律は、きっちりと管理出来るな・・と思い早速作業に取り掛かった。最初に体力のいるハンマーファイリング(弦の溝のついたハンマーをやすりで綺麗に削る)から取り掛かる。天気の良い時に外で風に吹かれて88本のハンマーをバサバサと削る。次は、シャンクローラーのへたりを修正して鍵盤関係に入り次々と作業を効率良くこなして行く。何時もやっている作業で手慣れているつもりですがあっという間に時間が過ぎていく。この後、整調に調律に整音と順序良く作業を進めて行くが以前変摩耗したハンマーに幾度も針を刺している形跡があるので整音に随分時間を取られたが作業を進めるに当たってどんどん良い音に変わって蘇っていくと楽しくてしょうがない。ようやく全て終えたら19時を回っていてヘトヘトに疲れた事に気付いた。「終わりましたよ~」と先生を呼ぶといそいそとお茶を持って来られた。「あら~お茶菓子も何も手を付けなかったんですか?」と「あら!申し訳ないすっかり忘れていました!」作業していて私もすっかり忘れていました(笑)!先生に早速弾いて貰うと「あ~全然違いますね~こんなに弾きやすくなるんですね~鍵盤が指に吸い付く様になるんですね~弾きやすいわ~音も凄く綺麗に変わりましたね~(笑)!」と先生の終始笑顔で満足された様子で一向に弾くのを止めない!その姿に疲れも一気に吹き飛んだ!

あの豪邸のお客様から電話が入り「この前は、ありがとうございました。お披露目会も無事に終えてピアニストがとても良いピアノだと言っていました。本当に助かりました。ところで仕事が今とても忙しくなったのですが、どうせなら新品のピアノを買おうと思っているのでもう少しこのグランドピアノ借りていて良いですか?落ち着きましたらピアノの購入の話を進めたいと思いますので宜しくお願いします。」と嬉しい電話!でも来年とかにはならないだろうなぁ~と・・・・ちょっと心配(笑)!

 

 

 

Ballindamm(バリンダム)FRITZ KUHLA(フリッツクーラー)APOLLO というピアノ

毎年3月は、受験に卒業そして転勤と何となく慌ただしくスケジュールが乱れる時期ですが今年も横浜市立中学校に「校内職業体験」のピアノ調律コースの講師として2時間の講話をしてきました。昨年は、全員女子生徒でしたが今年は一人男子生徒の参加があり講師としてちょっと嬉しかったりして(笑)。その生徒に「どうしてピアノ調律を選択したのですか?」と聞くと「ゲーム音楽とか好きなのでピアノにも興味があって中身を知りたいと思いました。」と答えてくれた。私は、「ゲーム音楽は、以前コンピュータ音楽で打ち込みで作られる事が多かったのですが最近は、ゲームの世界も変わってピアノやヴァイオリンなど生楽器で生演奏録音が主流になって来ましたね!」と言って講話を始めた。本来ならば、ここでデジタルと生音の違いなど色んな話をしたくなってしまいましたが、ピアノ調律コースですからピアノ調律を全員体験して貰う必要がある。2時間の時間の制約内ではとグッとこらえた。ピアノ調律体験では、音楽室のグランドピアノのユニゾンを各自2回に分けて一人1音を仕上げるという段取り。生徒達は、音の唸りを聴くことは何の指導も無く良く出来る。吹奏楽部に所属している生徒はともかく楽器未経験の生徒も問題なく体験をこなすことが出来た。いや、想像以上の出来栄えに私の方がビックリさせられた。何より生徒達が2時間休みなしで真剣に私の話に耳を傾けてくれた事に音楽好きの生徒達の好奇心の高さと質の高さに心より感心させられた。

さて、本題となるピアノの話ですが以前から書こうと思いながら今頃になってしまいましたが、日本で3番目に大きなピアノメーカーで今でも現存する東洋ピアノです。このメーカーは、APOLLOというブランドが主力メーカーですが、バリンダムやフリッツクーラーといった大手販売店からの注文で多くのブランドも生産しています。この東洋ピアノは、面白い事に多くの新しい技術開発にも盛んに取り組んでいてアップライトピアノにグランドピアノと同じソフトペダル機構を取り込んだり弱音ペダルのワンタッチ化を図ったりと意欲満々のメーカーである。ここでは、バリンダムとフリッツクーラーのピアノを取り上げますがこの両者のピアノは、関東地域で扱う事が多くその年代に応じてメーカーが開発した新たな試みが採用されていてピアノ調律師として大変興味を注がれるピアノです。アポロもバリンダムなども基本的には同じピアノでピン味やタッチも程良く音は、きっちりと調整をすると深く華やかに良い音を奏でる良いピアノです。

私が思うに東洋ピアノの製品で他社と大きく異なるのが時代に応じてアッパーブリッジの構造が変わる事だと思います。現在生産されている物がどうなのかは知りませんが、通常鉄骨のアッパーブリッジからアグラフに代わるメタルブリッジ(メタルメッキされたグランドのアリコートの様な個別ブリッジ)。これは、ブリッジ自体が少し柔らかい様で調律時にピン味に影響を及ぼしている気がする。ブリッジに弦の溝が最初から刻まれているので弦間隔の修正などは、大変難儀するがこの特性さえ理解をすると物凄く良い音がする。残念ながら短期間での仕様だったがお客様でこの方式のピアノを所有している方が数名いらっしゃって、どれも大層に輝きのある深い素晴らしく良い音を奏でている。その後には、鉄骨自体に駒形のアッパーブリッジ(カットブリッジ)が採用されてこれは、ピン味も滑らかで調律も調整もやり易く大きく改善された様でしたが個人的には、メタルブリッジの方が気難しいが音はお気に入りで希に「メタルブリッジのバリンダムが欲しいのですが」とマニアからの問い合わせがあるが残念ながら中々良いメタルブリッジに巡り合えないのが現状です。気長に待って頂いております。その後、外装デザインやロゴも変えられて響板は、ルーマニア産スプルースを使用した。張りのある華やかな大きな音がするピアノでハンマーを見るとニューヨーク方式なのかな?と思うほど硬化剤で固められている。お客様の要求で整音をするときは、ニューヨーク方式の整音を知っていないと全く音が変わらない。ただその方式を知っていると根気はいるが何ら問題なく対処ができて深みのある良い音になる。

思えば東洋ピアノの商品では、色んな勉強をさせられました。今では、普通にこなす仕事でも初めての時は、随分頭を抱えて考えたものです。先輩・友人などに相談したりしながら対処法を学んだり、他社の対処法を応用したりとバリンダムを調律していると遠い昔の事が懐かしく蘇って来ます。今では、時折中古ピアノとして弊社で再生して私がきっちりと楽しみながら調整を繰り返して商品にします。ただ、本当に良く使って頂ける方にだけにしか売りたくないピアノなのです(笑)。そんな殿様商売では、儲からないなと分かっているのですが、そこが職人なのでしょうか?まぁ~そんなお客様が毎月問い合わせてくれたら問題ないか!