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根岸外国人墓地墓前祭

ここの所、多くのお客様より「ホームページアップしてませんね~楽しみにしているんですよ。お忙しいんですね?」とよく言われます。皆様にその様に言って頂けてとても嬉しいのですが、11月は、九州は長崎から浜松、名古屋など飛び回っており年齢と共に色んな役回りにおける会議や会合の連日で記事を書く時間のゆとりが出来ずに大変申し訳ございませんでした。冒頭より言い訳がましくなりましたが、その慌ただしさの中、11月15日土曜日に行われた根岸外人墓地墓前祭について書き記したいと思います。

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横浜の外人墓地は、4か所ありますが、その中では山手の外人墓地が訪れる人も多く観光名所としても有名です。しかし横浜には、その他3カ所外人墓地があります。横浜市保土ヶ谷区の英連邦戦死者墓地に横浜市中区の中華義荘(南京墓地)この3カ所は、有名でご存知の方も多い事と思いますが、もう一つに横浜市中区の山手駅近くの根岸外人墓地。この知る人ぞ知る外人墓地で毎年11月に行われドイツ大使館武官と地元の小学校・中学校の生徒が中心に行われる清掃滑動と墓前祭の様子をお伝えします。

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根岸外人墓地墓前祭には、横浜市立仲尾台中学校並びに横浜市立立野小学校の生徒が参加されます。かなり広い傾斜地にあるこの墓地を中学校生徒 小学校生徒 教員 市議会議員 横浜中区長から市関係職員 町内会から我らクラブの面々と総勢70名位でありましょうか、全員参加で一斉に掃除をします。毎年参加して思う事は、小中学校生徒の面々は、今どきの子供達は・・・なんて言葉は全く当てはまらず、一所懸命に取り組む姿勢に心洗われる思いです。その後、仲尾台中学校吹奏楽部の生徒達が演奏をしてくれます。残響音や反射音の無い出した音は、すぐさま土に吸い取られていく難しい環境の中で演奏するのは、大変に困難で有るはずですが、日頃の鍛練の成果でしょう毎年、心に染みわたる演奏に心打たれます。そしてこの活動は、何より賞賛されるのは、すでに30年もの間継続されている事です。

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根岸外人墓地とは、皆さんが抱く山手の外人墓地の様な明るいイメージとは大きく違い自然の中に静かに埋葬されて落ち着いた感のある墓地です。ここは、第2次世界大戦中に横浜港に入港たドイツの軍艦が点検整備中に爆発事故を起こし1000人以上の方がお亡くなりになられ、その中で身元の解る将校は、山手の墓地に埋葬され身元の解らない水兵さん達がこの墓地に眠っています。そして関東大震災の折身元不明の外国人犠牲者とあまり触れられない事ではありますが、第2次世界大戦後の占領軍兵士と日本人女性の間に生まれた子供達。今の時代と違って決して祝福されない事情でお亡くなりになられた子供達約900人もここに眠っています。ここには、僕の所属クラブで先輩達が1988年に根岸外人墓地案内板を寄贈しました。そして1999年に天使の翼をモチーフした慰霊碑を寄贈。1995年ドイツ水兵墓石の銘板の復刻をしました。案内板には、この墓地に眠る方々の経緯を英文で記しておりましたが何時の日か我々の知らぬ間に消されてしまいました。どの様な方がどの様な事情で消したのか解りませんが触れられたくない事情であったのであろうと察します。異国の地で亡くなられた外国人と悲しい時代の悲劇に見舞われた幼い命のご冥福を心よりお祈り申し上げる次第です。

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いつもピアノに関係する記事をアップしていますが、今回は、ピアノとは関係がありません。しかし 昨年、あの自然の中の墓地にて演奏されたアメイジング・グレイスは、僕に大きな感動を残しました。今年は、献花の時に延々と演奏をされて墓前祭が格式高く遂行された事は、言うまでもありません。身元不明者の眠る墓地となれば、おのずと訪れる人は、無く墓地の存在も忘れ去られて30年前までは荒れ果てて身の丈を超す雑草に覆われていたそうです。そこを仲尾台中学校の田村先生により調査・整備・保存がなされ今に至る訳です。この根岸外人墓地を多くの方々に知って頂く事、30年と長きに渡り続くこの活動を今後も続けて行く事、この墓地の歴史を多くの方々に伝えて行く事に使命を感じ得たのは、あの仲尾台中学校吹奏楽部の演奏に感銘しての事です。僕自身、学生さん達に音楽の持つ大きな力を改めて実感させられる1年に一度の心に残る行事です。皆さんも是非一度、根岸外人墓地にお立ち寄り頂けます様お願い申し上げます。

 

 

 

 

最盛期の勢いを感じるピアノ

今年の10月は、週末に台風が2週連続でやって来てテレビで観測史上最大級の台風だとか?確かに水害など日本全国あちらこちらで被害をもたらした。私共も2週連続の台風ですから・・まぁ~予定もピアノの納品も全てが狂いに狂って仕事が押せ押せになっています。そんな中で久々に出会ったピアノの紹介です。

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お客様より電話で「古いピアノなんですけど調律お願い出来ますか?」と問い合わせがあり「ピアノのメーカーは、どちらでしょうか?」とお伺いすると「ヤマハとか、そういったピアノでは無いんですけど・・」と何だか声まで小さくなってしまった。「両親が買ってくれたピアノなのでこれから大切にして行きたいと思ってお電話しました」と・・・。早速、お伺いしてみると黒く立派な大きなピアノがリビングに鎮座している。今では、あまり見かけ無い古いタイプのピアノ。鍵盤蓋を開けるとYAESUと書いてあるYAESU?僕の知っているYAESUとはちょっと佇まいが違う。八重洲ピアノとは、僕の記憶ですと有名な調律師(故)鈴木陽一郎さんの経営する会社で多くの調律師の養成から日本ピアノ調律師協会にも多大な貢献をされ、誰しもが認める人間的にも優れた人格者であったと記憶している。その名の付いたピアノでこのタイプは、見たことが無い・・・早速パネルを外して中を見てみると何とBELTONだった。このベルトーンというピアノは、ライオンマークで有名なピアノで富士楽器製作研究所という所のピアノで昔は、良く依頼を受けて調律をしたものです。最近では、めっきりその姿を見ませんが、僕のお客様でお二人ずっと調律管理をしているピアノがあります。古い上に長年使用されずに調律もやっていない保管状態があまり良くないピアノが大半で正直ちょっと手を焼くピアノという印象があります。

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早速、作業に入るとやはり長年調律をしていないが全体にしっかりとした印象。大きくピッチの下がったピアノですがピン味も良くタッチは重く古めかしい感じだが鍵盤調整をすると象牙鍵盤が随分敏捷になった。調律をしていてちょっと感じた事が中高音のユニゾンの音色が違う。通常ピアノは、一つの音に3本の弦が張ってありその3本を合せる事により一つの音を作り出す。1本の弦をU字引っかけて2本にするので6本一組の2音階という事になる訳です。ちょっと難しい説明ですが皆さんも自宅のピアノを見てみるか調律師に説明を求めるとな~んだそういう事か・・と言った簡単な事です。話を戻して下パネルを外してピアノ構造を見てみると1つの音にU字に張られている弦と一本張の弦でワンセット。すなわち中高音の一番右の弦は、全て一本張りとなっていました。ベーゼンドルファーやデイアパーソンのグランドでは、総一本張りのピアノが存在し純粋に音の伸びや調律の合わせやすさに優れた名器がありますが、アップライトピアノでしかも混在しているのは、今となれば珍しいと言えるでしょう。解りやすくベーゼンの一本張りの写真もアップしておきます。

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ついでに鉄骨は、今までのベルトーンでは、見た事の無いお金の掛かった鉄骨・・ロゴまで入っている。

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当時は、ピアノ全盛期で作れば売れるといった時代ではありましたが、ベルトーンのブランドでの生産台数が如何ほどだったのか販売台数は?と想像しても合点が行かない。思うにYAESUピアノの(故)鈴木陽一郎氏が富士楽器さんに発注するにあたってこだわりの特別注文であったのでは・・と想像する。その証拠に今までみて触ったBELTONとは、出来栄えが全く違う立派なピアノであったからです。ピアノ業界が潤沢に儲ける事の出来た良き時代に良い素材と良い製作技術を惜しみなく注込む事の出来た活気みなぎるピアノ。これから調律・整調・整音と僕も持てる能力を全て注ぎ込んで良い音にして大切に後世に残して行かなければ・・・と楽しみでなりません。今回は、ちょっとマニアックな記事になってしまいましたが、長年色んなピアノに触って来てもなお未だ日々新たな発見がありピアノの奥深さに驚かされる事は、まさに調律師冥利に尽きる・・・としか言いようがありません。