世界の名器 スタインウェイ・ベーゼンドルファー・ベヒシュタイン・ファツィオリ 聴き比べ

今年の関東の8月は、梅雨の様に雨が続き涼しくて過ごしやすかったが湿度が高くピアノには、酷な夏だった。鍵盤がさがったまま上がってこないとかピアニストからは、タッチが重ったるくて音がくすんでしまったわ!などとお盆の真っ只中に電話が入る。対応に追われながら気が付けばもう9月。このまま涼しくなってくれれば良いのですが・・・。そんな8月に知り合いのオーディオマニアの方から3枚のCDが送られてきた。今回は、そんな8月の様子を書き記したいと思います。

8月11日にあの友人宅でコンサートが開かれた。津軽三味線・フルート・ピアノの珍しいコラボコンサート。ピアノ・フルートは、コンサートでも経験しているので様子が分かるが津軽三味線というのは、初めて。どんな感じなんだろうと想像しても考えても何してもさっぱり分からないので取敢えずピアノが一番良い音になれば良いやと半分やけくそで当日朝から調律をした。このホールのピアノも搬入して1年が経つ。前回に相当念入りに調整をしたので良い感じで仕上がっている。なんら問題なく短時間で仕上がった。今回のコンサートもDSD5.6のハイクオリティで録音をする。リハーサルで三味線の音がホールに響き渡るや否やまぁ~強烈なアタックとボリュームで録音部隊もマイクのセッティングや調整にあたふた。私も全体のバランスを聴きながらピアノのセッティングに追われる。津軽三味線は、もう打楽器の様で会場の外では、今迄何一つ音漏れが無かったのにこの日は三味線の音だけがガンガンと漏れ聞こえている。津軽三味線恐るべし!

本番では、お客様のよく知る曲を中心に和やかに進み皆さん上機嫌。意外な取り合わせのコンサートも大盛況で終えた。その後のコックを招いてフランス料理ビュッフェと飲み放題で人間の五感を全て満たされた感でお客様の目じりも下がりっぱなしで幕を閉じた。その折にオーディオマニアの方が自慢のスピーカーを持参してベヒシュタインで録音したCDを聴かせてくれた。世の中は、スタインウェイ一色の時代ベヒシュタインは、珍しく独特の中低音を再現していた。私は「このCD欲しいのでレーベルとか教えてください」と言うと「もう販売してないんですよ。これは、ちょっとマニアックなCDで他にスタインウェイ・ベーゼンドルファー・ファツィオリもありますよ。貸してあげますよ」てな具合で後日、3枚のCDが送られて来た。

今から20年以上前の事ですが日本ピアノ調律師協会の事業で4大ピアノの弾き比べコンサートがサントリーホール?(だと記憶しているが)で開かれた。スタインウェイ・ベーゼンドルファー・ヤマハ・カワイである。当日のピアノのコンディションでピアニストが自由にピアノを選んでそれぞれを弾くといった調律師協会としては、大層に思考を凝らした良いコンサート。外国人男性ピアニスト(昔の事で誰だったか忘れてしまった)が舞台に現れてベートーベンの悲愴をスタインウェイのフルコンで弾き始めた。聴きなれた曲と聞きなれたスタインウェイの音が会場に響き渡り安心して1楽章を終えるとピアニストが突然立ち上がりカワイのフルコンに交換。2楽章からはカワイで弾くらしい・・・会場からどよめきが沸き上がるが演奏が始まるとふくよかな音色にあの名曲悲愴の2楽章が会場の隅々まで響き渡るとそのざわめきも一瞬で収まった。その後、ベーゼンドルファーとヤマハとそれぞれにピアノを変えながら色んな曲を弾いたはずだが遠い昔の事なので記憶が薄れてしまってもう覚えていない。この時に我々の録音部隊が高音質録音して記録していれば後日何度も聞き返してあの興奮と質の高いコンサートを自宅で再現出来たのにとちょっと悔やまれる。今思えば4台のピアノの調律など準備を考えると調律の時間だけでも最低でも8時間は掛かるだろう。ピアニストもどの曲をどのピアノで弾くのか吟味しなくてはならないし、この素晴らしい企画の裏では、大変な時間と労力と費用が掛かったであろう。当時の日本ピアノ調律師協会の担当者の方々に心から労をねぎらいたいと心から思うがよほど大変だったのか、このコンサート以来この様な大掛かりな興味をそそるコンサートは、残念ながら開かれていない。ここでは書けないが色んな大人の事情があるんでしょう・・・・是非、子供達にこの様な企画で聞かせてあげたいと思うのは、僕だけかな?

送られてきたCDの中からまずベヒシュタインを聴く。まっすぐに伸びる音と太い中低音。素晴らしく良い音。一本張りの弦とBass巻き線が少なく真線が多い構造が目に浮かぶ。通常販売されているCDと違いストレートに細かく音色が録音されている。マニアックという意味が良く判る。恐らく安直なステレオじゃ良い音はしないだろうと思われるがそれなりのステレオだとあの大型のピアノの寸法が目に浮かぶ位にピアノ調律師にとっては、夢見心地なCD。これがジャズじゃなくてベートーヴェンだったらなぁ~とちょっと思った。次にスタインウェイとベーゼンドルファーがシャッフルされて録音されている。スタインウェイは、もう聞き馴染んだ音で今更何も書き記す必要が無いがベーゼンドルファーは、97鍵のインペリアルではなく92鍵タイプらしい。それでもあの澄んだふくよかな音色と何時までも伸び行く音が見事に録音されていて大変興味を注がれる。もう一枚がファツィオリで新鋭のイタリアピアノメーカーで今のファツィオリの音とは、ちょっと違うが独特の音色。でも今のファツィオリの方が良いかな!と思ったがどれも出来ればベートーベンやモーツァルトやショパンいやいやドビュッシーなどで聴きたかった!音楽の楽しみオーディオの楽しみ・・・とっても豊かな時間が過ごせると心から思う。

その折に録音部隊の友人が「このCD、梅根さんのタッチと調律の音にピッタリなんですよ!」とジャン・イヴ・ティボーテを紹介された。早速、Amazonで購入して聞いてみるとまぁ~実に良い!僕の感性にピッタリて感じで今はまっているピアニストです。これを如何に説明するかちょっと悩むが昔、3度のF1ワールドチャンピオン輝いたブラジルのネルソン・ピケというドライバーがいて彼の所属するベネトンチームに日本人メカニックが在籍していました。当時は、油の乗り切ったミハエル・シューマッハがいて盛りの過ぎたピケは、若い才能あるドライバーに先行され世代交代を迎えていました。そんな時にフジテレビのインタビューでその日本人メカニックを取り上げられた時に「僕にとっては、ピケが最高のドライバーだ。彼が2時間のレースを戦った車をバラシて解るんだけどシフトリンケージが全く減っていないんだよ。他のドライバーは、ベロベロにすり減っているのにピケは、全く減らないんですよ!車の扱いが優しいというかいつも適正で正確で速いなんてやはり最高ドライバーなんですよ!」というのを聞いた事がある。当時は、6速マニュアルで燃料規制もあって日本人ドライバーも参戦していてF1人気はうなぎのぼりの時代。今回のジャン・イヴ・ティボーテの演奏は、正にピケのそれに当たるピアノを酷使しない車で言えば決してオーバーレブしないピアノの性能を綺麗にマックスに使いこなしピアノに愛情を持って演奏する様子が聞き取れる。思えば、F1メカニックも調律師も舞台裏の職人。結果が良ければドライバーの手柄、結果が悪いとメカニックの責任と調律師も同じです。だから我々にしか判らない事も多い。それもこの仕事の言い知れぬ魅力なんだろう・・・まぁ~F1と町場の調律師じゃ舞台が違い過ぎるか(笑)!