出戻り娘(ピアノ)の再婚

昨年4月の緊急事態宣言から早一年が経つことになる。あの時点で一年後に変異ウィルスが流行し新たな脅威にさらされるとは、誰が予想出来たのであろうか?オリンピックは、果たして開催されるのだろうか?100日後に差し迫った時点でも開催が危ぶまれている。我々は、ただただ普通の生活がしたい。そんな些細で当たり前な事を希望として一日も早い収束を心から願うばかりです。そんな混乱の中での弊社の4月の様子をここに書き記したいと思います。

今の住宅環境は、冷暖房完備に床暖房・全館空調など至れり尽くせりで清潔感があって清々としていて何ともオシャレである。ただ、そのオシャレがピアノには、ちょっと厳しくて過乾燥なのです。冬の暖房に床暖房と来ればピアノのビスのあちらこちらが緩んでピアノが悲鳴をあげます。ピアノ調律師もお客様宅で緩んだビスを締め直す作業が一手間増えますが、この一手間は、ビスを締めるだけでなく木部の反りに合わせ調整をしながらと全然一手間じゃなく沢山の時間を費やします。昔からピアノに限らず楽器は、湿気に注意と湿気が多いとトラブルが多くなると言われて確かにその通りなのですが、今は、過乾燥に注意!乾燥が過ぎるとピアノに限らず木製楽器は、致命的なトラブルが起きます。過乾燥による木の変化で木部が割れたり反ったりしてしまうと修理は大層に大掛かりになり修理金額も跳ね上がります。時代の流れに応じてお客様宅のピアノの管理方法もすっかり変わってしまった訳です。きっとピアノは、「昔に比べると部屋も綺麗だし住んでる人も綺麗だしオシャレだし居心地良いんだけど乾燥がひどくてお肌も体もいや骨の髄までカラッカラよ!しっかりケアしてね!」と言われている様な気がして、それは一大事!一手間二手間を惜しむことなどとても出来ないな!と腰を据えて仕事に取り組んでおります。

KAWAIのプレミアムブランドShigeruKawaiが入庫した。15年程前に弊社で販売したピアノで当時ShigeruKawai最終出荷調整をしている友人の調律師に色々と注文を付けて数台用意して貰ってお客様と私の4人で竜洋工場で選定(選んで)をして一番良い物をお届けしたピアノでした。一人娘のご家庭でどうせピアノを弾くのであれば良い物を使わせたいと大きな家をお持ちの裕福な家庭でしか成しえない選択で高級ピアノを購入して頂きましたがお嬢さんの留学などが重なりほとんどお使いになられませんでした。綺麗な家に一人娘さんだと丁寧に扱って頂けて15年経っても傷一つ無い抜群のコンディション。嬉しくなって「もう直ぐShigeruKawaiが入ってくるんだよ!僕がずっと管理していたピアノだから音もタッチも抜群だよ(笑)!いや~やっぱり良いピアノは良いなぁ~惚れ惚れするよ!」と友人に得意げに話すと「それ私、買うよ!いくら?」「いやまだ入庫してないし、これから外装の磨きとか内部の調整をしてしばらく手元に置いて弾いて楽しもうと思っているんだよ(笑)!」と言っても聞き入れて貰えずに入庫する前に次のオーナーが決まった!もっともこのShigeruKawaiは、中古市場にもほとんど出てくる事が無い上にこの様な状態の良いしかもどの様に使われたピアノか素性がはっきりと分かっているピアノは、弊社特有の物なので次のオーナーは、本当にラッキーだと思う。他にやらなければならない作業は、あるのだがそれを後回しにしてこのピアノを優先して再婚の為に念入りに作業を進めている。

お母さんも娘さんもピアノの先生で永年のお付き合いのお客様。どちらの家にも弊社で納めたグランドピアノがある。ご実家は、YAMAHA C3でお嬢さんの受験もこのピアノで猛練習して音楽大学に進学した。ご結婚後に新居にはShigeruKawaiをやはり竜洋工場まで選びに行ってお届けしている。今回は、実家のYAMAHA C3の鍵盤ブッシングクロスが調整不能なほどに摩耗してしまったので預かって交換作業。特に難しい作業では無いがこの作業の善し悪しで弾き心地があからさまに変わる。調律師の中には、このクロス接着剤によって音が変わる!クロスの種類によって音が変わる!と豪語する調律師に出会う事が多いが私は、ちょっと違う感触を持っている。ピアノの鍵盤には、88鍵176カ所に704枚の小さなフェルトが貼られてある。それを丁寧に剥がして木部を調整した後に正確に揃えて704枚貼り付ける。その仕上がり具合は、正に根気とピアノに対する愛情に比例すると考えます。ここの揃っているという事がとても重要で私が一番大事に思って作業に取り組んで未だ勉強しながら工夫を重ねている事です。弾き手は、弾き心地が良くて揃っていると弾き易くなって気持ち良くてどんどん弾きたくなって良い音がすると感じてくれます。揃っているは、もちろん良く揃っているですが言い換えると丁寧に時間を掛けてという事なのでしょう。目に見えない直ぐに消えてしまう音の世界だからこそ見えない所に力を注ぐと直ぐに応えてくれる。ピアノの格別な音の世界は、まだまだ奥が深く未だ到達点には、ほど遠い。一昨年お亡くなりになられた師匠が昔、「俺は、未だに調律に悩んでいる。」と言ったのをいつも思い出す。あの世界的に有名な調律師が未だに悩むんだから僕が未だに勉強勉強は当たり前、奥が深いから面白い!悩むから勉強する!ちょっと出来た気になると嬉しくなるを繰り返して歳を重ねる。そうこうしていたら一人前に歳だけは、相当重なっちゃったな!